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【短編推理小説】五十部警部の事件簿

事件その54

坂木刑事は床に転がっていたワインの壜のコルクを抜き、少し匂いを嗅いでから、それを監察医に渡した。
五十部警部は床に倒れていた40頃とも見える太った女性が、すでに死亡しているのを確認し、監察医を呼んでくるようにと指示をした後、遺体の側にあったハンドバックの雑多な中身---香水の壜、ハンカチ、財布、何かの小冊子、幾つかの飴の包み、等を検めた。
女性は口紅をやや濃い目に塗っていたが、リップスティックはハンドバックの中にはなかった。
その部屋は大河内マンションと呼称されている、鉄筋コンクリート造りの巨大な建物の一室であった。
天井が高く、床はタイルを敷いていた。
部屋の中心に樫の木でできた大きな四角いテーブルがあり、壁には幾枚かの抽象画が飾られている。他にはスツールが何脚かあるだけで、家具らしいモノはそれだけだった。
画家の白井常一郎は、その部屋で、個展についての打ち合わせをしていたと、五十部の質問に答えた。
白井はここには住んでおらず、来客があるとこの部屋に案内し、そこで応接をしていたのだ。
その日、来客として画商でモンパルナス画廊の経営者であった、玉井という男とその若い女の秘書が訪れ、話し合っている時に、死亡した女、時折彼の画のモデルも務めていた、バー、メトレスの女主人である飛田安子が訪れたのだった。
飛田は珍しいポーランド産のワインが手に入ったからと、白井にいい、白井はグラスを三つ持ってきて、飛田がワインを注ぎ、特に乾杯などはせず、飛田が最初に口をつけた処、飛田はそのまま床に崩れ落ちたと説明した。
居合わせた玉井と秘書が驚き、すぐに救急車を呼びに外へ走った。
この部屋には電話が引かれていなかったのだ。
「飛田さんが倒れた際に、何か動かしたり、触ったりしてませんか?」
と五十部警部は三人に質問した。
全員が「いいえ」と答えた。
その時、監察医が五十部の元へ来て、壜のワインから毒物の反応があったと報告した。
五十部警部は少しの沈黙の後、三人に向かい任意の同行を求めた。
そして、その疑念は一人に集中していた。

それは誰でなぜかな?
 

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