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【短編推理小説】五十部警部の事件簿

事件その58

「こりゃ、ひどい雨だね」
五十部警部は嘆息しながら、どしゃぶりの雨の中を走らせてきた車から降りた。
 
XX森林公園の近くに在る、ある町の警察署に事件の調査も兼ねて
出張していた五十部警部は、殺人事件発生の報を聞き、署の刑事たちと同道して、〇〇町の外れにある、地方の資産家の邸宅へ出向いて来たのだった。
 
大きな門からは、かなり離れた所に、平屋建ての広い家の明かりが見えていた。
すでに夜となり時折、雷鳴が鳴る中を、庭の踏み石を伝って歩いたが、辺りは街灯もない郊外であり、なぜか庭園灯が消えているので、幾度かゴム長の足を水たまりに踏み入れ玄関の前に立った時には、
ゴム長は泥まみれだった。
呼び鈴を押すと、この家の使用人だという小菅という男が出て来た。
扉の向こうは、ホテルのロビーのような大広間となっていて、艶のあるニスを塗った、よく磨かれた厚い板張りの床の上に、いくつもの丸テーブルと背もたれの高い椅子が置かれてあった。
どうぞそのままといわれたが、流石に泥まみれの長靴では遠慮した。
小菅は用意してあったらしい室内履きのつっかけのようなモノを、五十部警部一行に差し出したので、それを履いて室内の検分を始めた。
この家の主人、監物宗一郎氏は、正面の窓から右へ行った部屋の隅に倒れていた。
胸を銃で撃たれたらしい。
その位置から横に5米ほど離れた場所に、何かの記念硬貨が落ちていた。
監物氏は資産家として戦前から事業を営んでいた。
家具類は椅子とテーブルだけと、簡素なであったが、丁寧で凝った造りであり、その部屋の造作も同じだった。
その部屋で監物氏は客を待っていたという。
 
「私は町に買い物の用事があって、外出していました。ちょうど今から、20分ほど前に戻って来たのです。
 
その時、何かが割れるような音がして、それから雷鳴の音がしました。
私は慌てて広間へ駈け込んで見たら、旦那様が床に倒れていて…」
「それで、犯人は?」
「分かりません。隣の部屋に通じるドアは閉まっていました。
 急いで警察に電話したり、医者を呼ぶように書生の田村を呼んだんですが、居ないのです。もしや…あの男が?」
「我々が来るまで、誰かこの部屋に出入りした者は?」
「いません」
「小菅さん、あなたは?」
「いえ、みなさんが来るまで、ここに居ました」
「あそこにある何かの硬貨は誰のものですか?」
「さぁ」
「アナタのモノか?来る予定の客人が持参したのか?
それとも監物氏のコレクションですか?」
「私のモノでも旦那様でもないと思います。来るはずの方が何かの見本として持参したのかも知れません」
「その客人は?」
「さぁ…本来なら、すでにお見えのはずなんですが」
五十部警部は、他の署員と短く会話した後、きっぱりとこういった。
「小菅さん、あなたは何か知っていますね」
 
五十部警部はなぜ小菅に疑惑を抱いたのだろうか?



 


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