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【短編推理小説】五十部警部の事件簿

事件その57

警察の遺体安置所に、男が運び込まれたのは深夜の零時を回っていた。
霙交じりの雨が降る寒い夜であった。
その男の遺体は秩父の山村の路上に放置されていた。
第一発見者の小村三郎が、その遺体をオート三輪の荷台に載せ、中央署へ乗り付けたのだった。
男の背中には刺青があった。
腰のあたりに深い刺し傷があり、それが死因となったことは明白であった。
五十部警部はそのオート三輪の荷台に大きな血の染みがあるのを見てから、遺体の身元を示すモノが無いかと調べたが、ポケットから出てきたのは、浦和にあるらしい喫茶店の飲み物の回数券だけであった。
五十部警部は小村三郎がなぜ、多摩からこの中央署まで遺体を運んできたのかと質問した。彼の住む町にも警察署はある。
「工事の仕事でXX町まで行って、それが遅くなって、親方は先に帰って、僕は後片付けがあったから、もっと遅くなったんです。
それで、一人でオートを運転して山の道を走っていたら、路上に何か黒い丸太のようなモノがあって、止めて、見てみたら、死んだ人だったんです。
驚きましたよ。
でも、放って置くわけにもいかないじゃないですか。
それで荷台に載せて警察に行こうと思ったんです。
でも、こんなこと初めてだし、もうどうしようかと思っていたら、以前通りかかったここを突然に思い出して、あそこの警察へ行こうと思いついて、それからは夢中でそこを目指して走りました。それだけです」
小村はひどく吃りながら語った。
「君はあの男を知っているのかな?」
「いいえ」
「ポケットに〇〇という喫茶店の回数券が入っていた。
 君の住む町からも近いだろ。
あそこらじゃ一番大きな店だそうじゃないか。
見かけたことくらいあるのじゃないかい?」
「そういわれても、思い出せません」
「まぁ、そうだろうな。
でも、普通はまず病院へ行こうと思いつくのじゃないかい?」
「だって、死んでいるんですよ」
「道で見つけた時から、それが分かっていたんだね」
「はい。あの、そろそろ帰りたいんですが・・・」
「そうはいかないよ。小村君」
 
五十部警部はなぜ小村に疑惑を抱いたのだろうか?



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