無題

リョコウバト殺すべし

 渡り鳥の群れが連れてきたものは、糞の山と疫病と、二十日経っても明けない夜だった。何万何億羽分の鳴き声と羽ばたきに、この島に暮らす人間の耳はあっという間に馬鹿になり、皆、怒鳴り声を上げて喋るようになった。奴らの羽根に陽光を遮られ、あらゆる農作物がやせ細った。死骸と糞のスープになった海には腐った魚があばたのように浮かんだ。しかし飢えることはなかった。空は肉で埋まっている。

 最初に死んだのはミヨ婆さんだった。屋根の上に降り積もった糞で家が潰れ、窒息したのだ。二番目は川で水を飲んだキジ坊だった。高熱を出し全身から水分を絞り尽して死んだ。三番目以降はわからない。疫病の足はそれだけ早く、島中をまんべんなく塗りつぶした。俺は何人目なんだろう? 何人目でも構わないが、糞で溺れて死ぬのも下痢と腹痛でのたうち回って死ぬのも御免だ。丘の上のガラ爺が猟銃を持っていることを思い出し、その昼、あるいは夜、もしくは朝に、チコの死体の残る家を後にした。

 丘を登ると、ガラ爺が空に向けて猟銃を振り回していた。

「爺さん生きてたのか!」

 ガラ爺は全身に血を塗りたくり、唇をべろべろと舐めまわしながら、空に向けて引き金を引き続けていた。弾が入っている様子はないが、本人はそんなことは気にもならないようだった。

「爺さん!」
「奴らは飛びながら雛を産むと思うか?」

 空を睨みつけたまま唐突にガラ爺が言った。引き金を引く指が擦り切れ、骨が露出していることに気が付いた。

「いや」
「だろう。ならば殺せば引くことの一だ。わかるだろ?減るんだ。一できるなら十できるのが理屈だろう。お前もやれ。そら五万七羽目だ!五万七羽目だぞ!

 偶然落ちてきた死骸に、ガラ爺は歓声を挙げた。ゲラゲラ笑い、初めて俺の顔を見て、またゲラゲラと笑った。

「お前にも猟銃を貸してやるぞ!二人でやるからな!」

 どうせ借りるつもりだったんだ。悪くない。俺はそう思った。

【続く】