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【忍殺】狩りにうってつけの夏

 夏の到来、それは新たなるサンスイを数える時期。 10周年間近、そしてソシャゲコラボによって高まりつつある、機運。……狩りの季節! 青々と茂るタイムラインにぽつぽつとご新規が顔を見せ、ヘッズたちは皆、各々のダブルオー・バックを手に、狩場に向かう。

  忍殺読者の多くが一度は考える。「非ヘッズにどのエピソードを薦めるべきか?」 トンチキの濁流で溺れるさまを見て愉悦に浸るか、なだらかに滑り込ませ強烈な「かえし」を食い込ませるか、はたまた俺が考える最強におもしろいエピソードで暴力の限りを尽くすか。私も私なりの基準を設け、選んだ。その過程を以下に記す。なお、原作小説のみです。漫画等は除外。

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 まず、前提を決める必要があるだろう。第一に、対象読者を想定する。狩るべき獲物を定めなければ、銃口はふらつき弾丸は当たらない。

・『ニンジャスレイヤー』という作品の存在を知っているもの。
・ある程度、活字のフィクションを読む行為に親しんでいるもの。

 続いて、方針を定める。量をとるか、大物を狙うか。キャッチアンドリリースか、骨の髄まで食べ尽くすか。

・できる限り多くの人に刺さること。
・推薦エピソード読了後も、ひき続き読み続けること。

 以上を前提とする。

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 第一段階として、フジキド編を選択する。「忍殺の存在を知って」おり、「できる限り多くの人」を狙う以上、アニメ化し、漫画化し、『ニンジャスレイヤー』のパブリックイメージとなっているフジキド・トリロジーを選ぶのが適切と考えたからだ。「ネオサイタマってなんだよ!」とにやにやしているニュービーにいきなり、カナダのホンノウジをぶつける所業はさすがに避けたい。まずは、フジキド。とりあえず、フジキド。そしてできればネオサイタマ。今回の前提からは外れるが、忍殺の存在を全く知らない人に薦めるならば、時系列順に連載され、連続性を持ってドラマが展開されるAOMを推すのがよいかもしれない、とも思った。

 第二段階として、第二部と第三部終盤を除外する。続きものとしてのカラーが色濃いそれらの群は、やはり単発作品に多くふれた後でチャレンジするのが最適な気がする。大長編ドラえもんのジャイアンは、普段のジャイアンを知っているからこそ魅力が増す。要は、単発の殺傷力よりも、文脈を乗せることで加算される殺傷力の方が大きいのではないか、ということだ。それはお前の読書体験に根差したバイアスだろ!と詰められるヘッズもいるかもしれないが、そう言われると反論の余地がないし、自分でも書いてて「そうかも……」と思えてきたので、ここは気づかなかったことにして無慈悲に切り捨てる。なお、「ナイト・エニグマティック・ナイト」などは、文脈を必要としないエピソードであり、こういったケースにおける決定版だとは思うが……まずは、フジキド。とりあえず、フジキド。第一段階に前述した理由でここでは弾く。

 第三段階として、第一部を除外する。第一部を外したな!殺せ!という怒号が聞こえてきた気がする。わかる。わかるけど、ちょっと待って頂きたい。冷静に考えて頂きたい。これまでのあらすじ爆弾は、確かに最強の殺傷力を持ってはいる。持ってはいるが、強すぎる。たぶん、相当な確率で、獲物が粉みじんに消し飛び、群れもそれを見て怯えて逃げる。神話の原石であり、原液であり、原典である第一部は、解像度・文体の面でも一般的な小説と比べ常軌を逸しているし、明らかに異様なテキストだと思う。それは刺さる人には強烈に刺さるということでもあるけれど……「できる限り多くの人」を狙うという前提をとるなら、まあ、第三部がいいよなと。ある程度解像度が高まり、文体も通常の小説に近づいてるし。キャラクター小説としての色味も第一部の頃より強まっているし。そんなこんなで、「ある程度、活字のフィクションを読む行為に親しんでいるもの」がするりと入ることができるのではないか、というのがここでの選択の理由です、はい。

 以上より、第三部の序盤~中盤の独立短編群からエピソードを選択することが決まった。

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 具体的にエピソードを選択してゆく。まずは、自分の考える「アイエエの小説」の金字塔をぶつけたい。ネットスラング。ネットミーム。その中にあるふざけたギャグ小説『ニンジャスレイヤー』という誤解……いや、誤解ではないのだと、全くもってその通りだぜ、ほらこれを見ろよと示したい。それは、万人にとっての入口だからだ。勿論、降りしきる重酸性雨からなにかを嗅ぎとり、初読で一足飛びに辿り着いたつわものもいるだろう。しかし、多くのヘッズは、マルノウチスゴイタカイビルでケラケラ笑った原初体験を持っていると思う。私のそれは、物理書籍第一巻に収録された「ネオ・ヤクザ・フォー・セル」のヤクザスラングだった。それは間違いなく、『ニンジャスレイヤー』に記された真実の一側面だった。

 自らの入門経緯を踏まえ、それを改善するならば……と思考をめぐらせた時、「ある程度の長さを持った、お話としての強度が高いものがいい」と思った。アイエエの小説の中で遊びながらも、「これはひょっとして」と疑わせるドラマの熱を帯びたエピソードがいい。次への動線となるからだ。さらに加えて「もっとトンチキの威力をあげたい」と思った。トンチキとは、常識のスクラップアンドビルドだ。そしてその再建過程に論理的な強度があれば、なおよい。「忍者」の他にもう一つ揺らがせる題材があれば、その殺傷力は二倍、すなわち百倍となる。当然、その題材は身近であればあるほどいい。たとえば、「満員電車」「将棋」「寿司」「醤油」……第三部という絞り込み条件、そしてアンブッシュに最適なエピソードの長さ・構成のシンプルさ・初撃までのスピード感を加味し、私は最終的に「野球」を選んだ。

一本目は、「ノーホーマー・ノーサヴァイヴ」とする。

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 アッパー極まったエピソードに続くものとして、やはり、アイエエの一層奥にある、サツバツを見せてやりたいという気持ちが起こる。急な転調は振り落とすリスクにもなりうるが、サブスティテュートたちの決死のドラマによって、ただのギャグ小説ではないという傷が無意識に刻まれていることを祈りたい。一発目は、「忍者」に「野球」という不純物が混ざっていた。次は、可能な限り直球がいい。ひたすらに純粋な「忍」と「殺」がいい。また、イカれた野球ガジェットに目が眩んでいたことを考え、改めてサイバーパンク小説としての姿……ネオサイタマの情景がくっきり浮かび上がるエピソードをここでは選びたい。

 幸か不幸か、第三部独立短編群は、上記条件を満たす大傑作の宝庫だった。「バトル・オブ・ザ・ネスト」「ニンジャズ・デン」「リボルバー・アンド・ヌンチャク」「ブラックメイルド・バイ・ニンジャ」……。選びたい放題、ゆえに選べない。さて、どうする? よりシンプルに。そう考えた。サツバツエピソードの大定番であるモータルのドラマや、主人公フジキド・ケンジのドラマすらも限りなく廃した、「サイバーパンク都市でニンジャとニンジャが殺し合う」に徹した作品を選びたい。これは、バイアスなくニンジャスレイヤーのカラテにあてられて欲しいという気持ちの表れでもある。ひたすら怒り狂い、とんでもないことを成し遂げている「結果」だけが提示されることで、読者はその「理由」へと興味を向かわせる……はずだ。その興味が、いずれも変わらぬ本気の物語なのだと、二話の間に気づきの橋を渡すことを期待したい。興味をひく不明を残すために、視点はフジキドから遠くあるべきだ。ハイクすらも届かぬほどに。

二本目は、「トゥー・ファー・トゥー・ヒア・ユア・ハイク」とする。

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 三本目。ここらが頃合いだろう。短編、掌編の次にくるしめくくりとしては、やはりある程度読み応えのある中編エピソードがいい。トンチキとサツバツ。キャッチーさとディープさ。左と右。二極端に振り分けられた要素が、混然一体となった作品がいい。薄暗く打ち沈みながらも、ブチ上がり蘇ってゆく……第一部から第三部までの作品変遷をある程度総括するような、エンターテイメントの決定版のような……。二本目でアイエエを剥したように、三本目ではサツバツのその先にあるもの見て欲しいからだ。複数の感情が一気に押し寄せ、ただただ異様で大きな衝動が脊髄を貫く読み味は、小説『ニンジャスレイヤー』の最大の個性であり、最大の魅力であると私は思う。そして、これらの特徴を備えながらも、単体でも楽しめるシンプルな骨子のものがいい。いくら第三部短編群が魔境とはいえ、そんな都合のいいエピソードがあるだろうか。あった。私が思いつく限りでは二本。

 一本目、二本目で重点できなかった要素として、「フジキド個人のドラマ」「モータルのドラマ」がある。三本目では、あえて前者を落とし、後者のみを重点したいと考える。「推薦エピソード読了後も、ひき続き読み続ける」という目標は、一本目、二本目、三本目と重ねることで大きくなった、フジキドという主人公の興味で達成できると思ったからだ。興味をひくために、あえて配分を薄めに抑え、そのパーソナリティ上に謎を残しておきたい。ゆえに「サツバツ・ナイト・バイ・ナイト」はここで落ち、最後の一本が決定する。「ノーホーマー・ノーサヴァイヴ」は、アッパーなトンチキ・エピソードであり、燃え上がるような熱と理知的な計算によって組み立てられた短編だった。「トゥー・ファー・トゥー・ヒア・ユア・ハイク」は、ダウナーなサツバツ・エピソードであり、絶望的な死がもたらす無常と情的に訴えるセンスによって練り上げられた掌編だった。最後のエピソードは、この両者の特徴を併せ持ち、かつ、モータルとニンジャの関係性を重点した中編とした。

 三本目は、「マグロ・サンダーボルト」とする。

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 以上で、本テキストは終了となる。この結論に賛否はあれど、間違いないことが二つある。複数から一部をすくい上げる行為は、自己を定義にするに等しいということ。そして、何よりも楽しいということ。このデッキは私のはらわたであり、娯楽だ。「非ヘッズを忍殺に沼らせる」という効果は、実はそれをよりよくするための制限にすぎない。しかし、だからこそ、本気で選ばなければならなかった。貴方はどうだ? 私は選(や)った。

【新規読者向け忍殺自選エピソード三本】

①ノーホーマー・ノーサヴァイヴ
②トゥー・ファー・トゥー・ヒア・ユア・ハイク

③マグロ・サンダーボルト