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逆噴射小説大賞2019

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逆噴射小説大賞2019感想戦その終

逆噴射小説大賞2019感想戦その終

前提、すなわち位置づけ そんなわけで逆噴射小説大賞2019の自作感想戦の総括編でございます。逆噴射小説大賞2019とは何か?2019年10月にnote上で開催された800字小説の冒頭を書いて賞品のコロナビールを奪い合う、文章の銃撃線です。自作感想戦の総括編とは何か?私が逆噴射小説大賞に投稿した5作+没作20作をどんなことを考えて書いてたか、結果としてどんな感じになったかのまとめです。ちなみに、個々

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逆噴射小説大賞2019感想戦その4

逆噴射小説大賞2019感想戦その4

 逆噴射小説大賞の19~25本目のライナーノーツでございます。(1~6本目はこちら、7~12本目はこちら、13本目~18本目はこちら)。わーい!応募期間全日作品投稿達成!これで途中参戦したため全日投稿できず悔しくて死んだ昨年の私も浮かばれるというものです。今後の動きとしては、感想戦その終として総括記事をあげるかもしれません、あげないかもしれません。あ、本戦投稿作品はどれもnoteにあげた時点から本

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死人めくり

死人めくり

 図書室の空気は重いと人は言う。それは周囲の本たちが否応なく死を意識させるからか、来客が皆等しく人の死に接しているからか。私は違う。私は本が好きで、この図書室という空間を愛している。そんな自分がマイノリティであることは、もちろんわかっている。中学の休み時間、祖父の本を読む私は明らかに浮いていた。でも、その時の自分を否定しなかったからこそ、私は今、この職に就いている。

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「九相図をご存知で

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祈りのごとく折る所

祈りのごとく折る所

 警報が浅い眠りから私を引きはがす。高音三拍。敵県による〈中割り〉の合図。呼出に慣れた肉体は、覚醒前に制服への着替えを終えていた。廊下に飛び出し、第四祈紙防衛室に入る。指揮用祈机につきながら横目で人員を確認。正方型五名。蛙型二名。大型一基七名。夜勤班長のヒメノは優秀だ。既に迎撃用の人員配置と術紙配布を終えている。

「〈中割り〉の祈手はT県か?」
「恐らく。術紙の色・寸法傾向が一致。間違いないかと

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魔人清志郎大いに湯欲む

魔人清志郎大いに湯欲む

 段々を一つ上る度に、落とした指の痛みが増し、人の領域から一歩外れる。何段上ればそこはお山か。気づいたときはもう遅い。 祖母の歌で聞いた通り、あちらとこちらを区切る境界線は不明確で、ゆえに誰でも踏み越えられる。超えたとわかるのは、こちらを値踏みする者たちの目の数がいずれも二つではないと気づいた時だ。

「あんたの腐れた指なんて何本あっても足りゃしない」
「……責任はとります」
「湿気た鉄砲玉に何が

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夕暮れ爆弾はおそろしい

夕暮れ爆弾はおそろしい

 顔面をすりおろされた女の横で、弟はペットボトルに小便をしていた。

「竹郎にいちゃん、おわったんだけどさ、このひと誰だったの」
「『ふひひほひはひ』」
「なにそれ」
「知るかよ。ヤクの打ちすぎで呂律がアレだったんだと」

 ふうんと弟は首をかしげ、指についた小便を舐めた。

「梅郎の頭に包丁叩き込んだのが俺の人生で一番の成功だよ」と親父は言う。癇癪持ちで頭が悪い。作るラーメンはドブみたいな味がし

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鶴の裏返し

鶴の裏返し

 妻が恥ずかしそうに嘴を鳴らし「クエーッ」と言いだしたとき、思わず笑ってしまった私だったが、その深夜、リビングで私の手編みのセーターを編んでいるその姿は確かに鶴で、あの美しい羽根は信じがたいことにタンチョウヅルの美しい羽根になり、あのチャーミングな赤い頭頂部は恐るべきことにタンチョウヅルの赤い頭頂部になっていた。

 編み物は妻の趣味だった。時間は昼下がり、場所はリビングのソファ。彼女はその黒い足

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ホテル203号、恐怖症

ホテル203号、恐怖症

「お前が一番怖いものは何だ」

 質問は右横から。焼けた声。俺を囲み腹に靴先をねじ込んだレンゲとかいう名前のヤクザ。頭部に衝撃。殴られたのだ、と遅れて知覚する。

「もう一度聞くぞ。五秒以内。右腿の肉、いくからな」
「レンゲさん、ガムテープ」

 ああそうか、とレンゲは呟き、直後、唇に痛みが走った。

「……雀蜂です」

 数時間ぶりに吸う新鮮な空気にむせこみながら私は答える。

「子供の頃、刺さ

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隧道めぐり

隧道めぐり

 一戦、十戦と重ねる内に手錠が外れ、足枷が外れ、最後に目隠しだけが残った。理由は二つ。一、キジマと名乗るこの男はそもそも逃げる気がないとわかったこと。二、仮にこの男が逃げようとしたら手錠も足枷も役に立たないだろうということ。

「相手の到着が遅れているようだ。今の内にルールの確認をしておくか」
「ルールは一つ。二人が入り、出てくるのは一人。……今日の入口は西側だな」

 俺が問いただす前に、「匂い

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ミルクランチ家の女たち

ミルクランチ家の女たち

 願えば音より早く走り、信じれば空だって飛んで見せる。魔女ってそういうものなのよ。もういない妹の言葉を思い出しながら、私はフィゼリ通りの上空を跳んでいた。目標は跳ね回るカカシ。パン婆さんのところの商品だ。起き上がったのは今朝。屋根から屋根へ跳んで逃げ、洗濯物をひっくり返し、通りすがりのカラスを驚かした。

「こっちだよ!」

 叫んだのは母だ。カカシが慌てて跳ねる。隙。私は全身を縮め駅の屋根を蹴っ

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リョコウバト殺すべし

リョコウバト殺すべし

 渡り鳥の群れが連れてきたものは、糞の山と疫病と、二十日経っても明けない夜だった。何万何億羽分の鳴き声と羽ばたきに、この島に暮らす人間の耳はあっという間に馬鹿になり、皆、怒鳴り声を上げて喋るようになった。奴らの羽根に陽光を遮られ、あらゆる農作物がやせ細った。死骸と糞のスープになった海には腐った魚があばたのように浮かんだ。しかし飢えることはなかった。空は肉で埋まっている。

 最初に死んだのはミヨ婆

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極楽直通軌道エレベータの殺人

極楽直通軌道エレベータの殺人

 慈悲に重量制限を設けるなクソッタレ。釈迦の野郎を罵り、神田の頭蓋骨を凹ませる。ヤクでラリって集団下校に突っ込み事故死。生前の刑は当然死刑、こっちの刑は針山・人呑・釜茹でのフルセット五百年。おありがたい御仏の慈悲とやらがどういう決まりで亡者を選んでいるのかは知らないが、こんなクズを極楽に連れてゆく必要がどこにある。そりゃあ俺だって強姦殺人かまして死んだクズだ。だが、神田のクソよりはマシだし、何より

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ディストピア松の湯

ディストピア松の湯

 スーパー銭湯〈松の湯〉。ここでは全てが手に入り、代わりに全てが奪われる。快楽と健康と引き換えに〈客〉が支払わされる代価はなんだ? 答えは金と時間。すなわち、社会と世界との接続点。気が付いたときはもう遅い。思考力は既に湯の中に溶け、右腕に巻いたタグが自分たちを縛る鎖であると自覚することもできなくなっている。

「134日目……」

 館内の電灯が灯り〈朝〉が始まった。目覚めてまずその数を叩きこむ。

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逆噴射小説大賞2019感想戦その3

逆噴射小説大賞2019感想戦その3

 逆噴射小説大賞の13~18本目のライナーノーツでございます。(1~6本目はこちら、7~12本目はこちら)。21日現在ちょうど書きだめのストックが尽き、ただし構想は投稿期間最終日分まで完成しているという状況。なので、5本目の投稿作は残る10作の中から1本選ぶことになりますね。構想時点で既にある程度決めているのですが、書いてみたら微妙になったり、想像以上におもしろくなったりするので色々読めません。殺

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