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"正義の暴力"がアイドルを潰す- 朝井リョウ『武道館』

『武道館』はアイドルに過剰な純粋性を求め、我が侭に消費する人々に切っ先を向けた小説である。発売当初からアイドルファンの間で「これはエグい、身につまされる」と大きな話題になった。だけど「エグさ」の正体は、アイドルを知らない人たちにどこまで理解されているのだろうか?そして過剰な清廉性を強いているのは本当に「アイドルファン」なのか?そんな話を書いてみる。

『武道館』はなぜエグいのか

先にさらっと本書の「エグさ」を説明しておくと、一言でいえばそれは白日の下に晒された自身の後ろめたさである。

端的に言ってしまえば、アイドルを応援する行為は他者の人生の一部を買うことだ。「応援」の大義名分の下、少年少女が人生で一番輝く時間を買って、夢を追うことを強いる行為である。

アイドルファンが本書を無視できなかったのは、自身のそうした業の深さを他でもないアイドル本人に暴かれてしまったからだ。自らの罪の深さを最もよく知っていながら常に笑顔で自分を迎え、大好き!と言葉をかけてくれた存在に牙を剥かれる。そこに背筋が凍るような「エグさ」がある。

実はアイドルを消費する罪深さ自体は、これまでもファンや第三者によって繰り返し言及されている。しかしそれをアイドル本人が口にすることはありえなかった。莫大な時間とカネを注ぎ込み、自分の人気や今後の活動を支えてくれる相手を否定することはありえない、はずだった。

だからこそ朝井リョウは小説という虚構の形でアイドルに口を開かせた。筆者自身もアイドルファンだからこそ分かる、最も効果的なやり方で。「エグさ」の正体はここにある。

ただし忘れてはいけないのは、背徳感以上にステージを観たいという気持ちで彼ら彼女たちを応援してきた人たちの存在だ。主人公のような「ステージで歌って踊るのが好きだった」だけの少女が居るように、後ろめたさを自覚しながらも同じような気持ちで応援する者もまた存在する。そして間違いなく、彼らはアイドルシーンを支え続けてきた。

「正義」が暴力に変わる時

さて、これだけならアイドルのスキャンダルは昨今ほど過剰な非難を浴びないはずだった。事態がいつも余計に燃え上がるのは、善意を旗印に正義を振りかざす輩が首を突っ込むからに他ならない。

確かに本書の主題の一つはアイドルファンによる行き過ぎた純粋性の押し付けだろう。しかし本当に断罪されるべきはアイドルファンの皮を被ったお節介な第三者である。善意という大義名分のもとに身勝手な正義を押し付け、「純粋」でなかった少女たちを極悪人のよう吊るし上げる輩だ。

彼らは日常的には善良な市民として振る舞い、一般人のフリをして暮らしている。どちらかと言うと社会的に弱い立場である場合も多い。しかしだからこそ自分でも勝てる相手を見つけると、無関係の人間であろうが怒りの矛先を向けてくる。単なる部外者にすぎないのに、自らの正義の拳が必ず勝つとわかっている隙間を目ざとく見つけて「天誅」を下す。

こうした連中はアイドルシーンに限らず、政治家や著名人などあらゆる場面に湧いて出てくる。ただ、「スルースキル」を強いられ口を閉ざした10代の少女ほど叩きやすい相手はいないのだから、アイドルシーンにこうした奴らが群がってくるのはある意味当然とも言える。

一方的な正義の押し売りは余計なお世話だ。当事者のフリをしたお節介はひたすらに気持ちが悪い。当事者の誰が自分のために怒ってくれと頼んだ?誰が少女の一度の過ちを凶悪犯罪の如く糾弾しろと頼んだ?

さも関係者のようなふりをして、ここなら自分の正義を振りかざせると首を突っ込んでくる輩が一番の害悪だ。

その上この「正義の暴漢」は、普段はアイドルに見向きもせず一文たりとも払わない者も多い。話の文脈や過程を全部すっ飛ばしていきなり口を挟み、金も払わず好きなだけ荒らして帰っていくから尚更タチが悪い。

こうした現象はSNSが普及した現代では日常茶飯事でもある。でもこの課題に特効薬は存在しないし、本筋とは別の話になってしまうのでこれ以上は言及しない。アイドルを応援していく私たちにできることは『武道館』で突きつけられた刃を心の隅に留め、自分も正義の暴力を振りかざす可能性が十分あることを自覚し続ける程度かもしれない。

そんなことを考えながら、武道館に行ってきました。

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重い話になってしまったので好き勝手書くモードでこちらも公開しました。これから『武道館』を読む方はお供にぜひどうぞ!
非アイドルファンでも楽しく読める 朝井リョウ『武道館』用語解説

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