依ちゃんは弔い合戦をしている

僕の彼女の依(より)ちゃんはとても可愛い。
小さくて、優しくて、明るくて、友達が沢山いて、料理上手で、器用で、仕事もソツなくこなして、早起きで、怒らなくて、悲しい顔もしない。
でも僕は知っている。依ちゃんが人知れず毎日毎日している事を知っている。

依ちゃんは、依ちゃんの弔い合戦をしている。

依ちゃんとても可愛い。何があっても許してくれて、誰にでも優しい。道で拾った500円をネコババしようとする僕を横目に、近くの交番を携帯で検索するくらい正しくて厳しい。でも、僕がネコババしても怒ったりはしない。多分、100万円なら怒られると思う。5万円でも怒られると思う。依ちゃんは、いつも正しい。

依ちゃんはいつも僕が眠るまで見守ってくれる。眠れなければ抱きしめてくれる。依ちゃんが先に寝ちゃう事もあるけど、仕方がないと思う。でも、僕より後に起きた所は見た事がない。依ちゃんは、いつも真面目だ。

でも、依ちゃんはいつもいつも、僕や誰かやその他の誰かが見ていない所では違う事を知っている。綺麗に伸ばした爪で見えない皮膚をかく事も、腕を締め付けるまで握りしめる事も、髪の毛が沢山抜ける事も、何か見えないものを見ている事も知っている。頭の中はきっとコンクリートのスクリューのようにグルグルとしている、と思う。そして正しくない自分を毎日毎日殺して殺して殺し続けているからこそ、あんなにも真っ直ぐなのだと思う。そんな自分を殺している事にすら罪悪感を依ちゃんは覚えているのだ。その償いを、償えない昨日の自分への罪を、依ちゃんは弔っている。だけど、その依ちゃんも殺されてしまう。明日の依ちゃんの手によって。

それでも、また今朝から依ちゃんは笑っている。僕へも誰かへもその他の誰かへも。依ちゃんにとって笑うことは正しい。依ちゃんの周りからしても、依ちゃんが笑う事が正しいからだ。依ちゃんは、誰よりも正しい事をしている。

夜、依ちゃんとテレビで悲しいニュースを見た。知らないおばあさんが知らないお兄さんに知らない土地で知らないうちに殺されたと、夜の9時なのにお化粧の崩れないアナウンサーは淡々と伝えていた。僕はもう残酷な世界での、残酷なニュースには慣れてしまっていて「またか」と思うことしか感想がなかった。依ちゃんは笑顔でテレビを見つめていた。依ちゃんは、多分羨ましがっている。

依ちゃんは、いつか自分が断罪されるべきだと思っているのを知っている。取り繕った自分にしか価値は無くて、それしか誰も見てくれない事を知っている。

でも僕は違う。依ちゃんの手紙を見たからだ。依ちゃんが死にたがっている事も、この世で生きる事が辛い事も、わかってしまったんだ。

依ちゃんはテレビを見ながら「羨ましい」と思っているんだと思う。いつか、いつかそうなって欲しいと望んでいて、毎日を過ごしている。

もうすぐ依ちゃんの誕生日で、依ちゃんは一つ歳を重ねる。依ちゃんはきっと沢山笑う。死ぬ日が近づく事が嬉しくて堪らなくて、依ちゃんはきっと沢山笑う。

僕は、知らないフリをする。優しいようで残酷で無知なフリをした僕は、取り繕った依ちゃんが大好きだから。

依ちゃんは弔い合戦をしている。

死ぬまで、きっと、戦っている。

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