私立徳川高校 第六話「文化祭の主役」

 オレは九州の歴史ある男子校、私立徳川高校の2年生で、名前を上野ヒコマという。

 来週の土日は我が校の文化祭だ。オレは新聞部で記者兼カメラマンをやっているので、文化祭では過去に制作した校内新聞を展示するのだが、いかんせん地味であることは否めず、来場者も多くはない。昼飯の弁当を平らげたオレは、なにかいい出し物はないか、と頭を悩ませながら男子トイレで用を足していた。すると、隣に背の高い男子が並んだ。オレはそいつの顔をチラッと見て、思わず声を上げてしまった。
「坂本! 坂本リョーマじゃないか!」
「よう、上野。久しぶりだな。」
 リョーマはクラスメイトで演劇部の部長なのだが、たまにしか学校に来ない。なんでも外で芸能活動をやっているそうで、確かに男前であり、校外の女子にもファンが多い。
「リョーマ、今日はどうしたんだよ。」
オレが尋ねると、リョーマは答えた。
「放課後に文化祭でやる劇の練習をするんだよ。今年は主役なんで頑張ろうと思ってさ。」
 演劇部の公演は我が校の文化祭の花形だ。これを楽しみにしている他校の女子やご近所のおばさま方も多い。オレは洗面台で手を洗いながら言った。
「リョーマが主役ならみんな喜ぶだろうな。それに比べてウチの新聞部は地味でさぁ・・」
 リョーマは隣の洗面台に再び並んだ。
「そうなのか。でも、新聞部の主役は上野だろう? 地味だと思うのなら変えればいいじゃないか。」
「でも、なかなかいいアイデアがなくてさ。しかし、リョーマ、いつにも増してやる気だな。」
 オレがそう言うと、リョーマは洗面台の鏡越しに目を合わせてウィンクした。
「今度の文化祭の公演を成功させたら、りょう子に告白しようと思ってるんだ。」
「ええっ! りょう子って隣の女子高の?」
 りょう子は通学途中に何度か見かけたことがあるが、一度見たら忘れられない可愛い女子だ。オレはリョーマの肩を叩いた。
「文化祭も告白もうまくいくといいな。公演はオレも取材に行くよ。」

 文化祭の一日目、演劇部の公演会場である体育館に行くと、パイプ椅子を並べた座席は、ほとんど埋まっていた。その中に設けられた招待席には、リョーマが誘ったのか、りょう子の姿も見えた。
 間もなく開演が告げられ客席の照明が消された。幕が上がると、誰もいないセットに下手からリョーマが舞台をダダンと踏みしめて登場した。しかし、次の瞬間からリョーマは固まってしまった。台詞が飛んだようだ。上手の舞台袖から副部長の中岡シンタローが、必死に口パクを見せていた。それで思い出したのか、リョーマはようやく声を出したが、台詞はしどろもどろだった。オレはいたたまれなくなって、そこで体育館を後にした。

 その後、オレはほとんど人が来ない新聞部の展示教室で、その日の日程が終わるまで時間を潰した。下校しようと校門まで来ると、先に出てゆくリョーマの背中が見えた。夕日に向かって歩くその後ろ姿から、肩を落としているのがよくわかった。オレは声を掛けようか迷ったが、その場から動くことができなかった。

 すると、リョーマの脇からピョコンと飛び出す人影が見えた。逆光で良く見えなかったが、あれはりょう子だろう。リョーマは気付いたようだが歩き続けた。それでも、りょう子は手を差し出した。それを見たリョーマは数秒間立ち止まった後、その手を取った。何か言っていたようだが、オレには聞こえなかった。手を繋いで歩き始めた二人のシルエットが夕日に映えた。オレは、鞄の中に一眼レフカメラがあったのを思い出し、慌てて取り出すと目の前の光景を撮影した。

 文化祭の二日目、オレはリョーマたち二人の写真を大きくプリントして新聞部の展示教室に掲示した。来場者が大きく増えることはなかったが、じっと鑑賞してくれた人がいたのは救いだった。文化祭が終わり、しばらくしてから、その写真を新聞社主催の高校生写真コンクールに出品したら、後日、入選の知らせが来た。リョーマ、やっぱりお前は主役にピッタリの男だな。
(完)

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