虹色のパレード

向かいの席の上司が上半身を折り自分のパソコンの画面に吐瀉物を吐き出した。吐瀉物に顔をつっこむ。
酸っぱい匂いがこちらまで漂ってきた。ぼくは鼻を押さえてつぶやいた。
「ついに来たか」
仕事の手を止め突っ伏した上司を眺める。10秒ほどたったろうか、上司は倒れ込んだときと同じように突然立ち上がると、口に笑みを浮かべた。顔にはまだ吐瀉物が付着している。
笑みは口だけにとどまらず顔全体に広がり、ついに声を上げて笑いはじめた。笑い声が徐々に大きくなっていく。
笑いすぎて顔が赤い。
上司が上を向いて笑いはじめた。体も動き出す。まず手が。そして今度は足がリズムを取りはじめた。
こらえきれないように踊りはじめた上司は、事務所のドアを開けて、階段を降りていった。
ぼくは窓を開けた。たくさんの笑い声と足できざむリズム、手を叩きあう音が聞こえる。
窓から乗り出し下を見ると上司と同じように大声で笑い、踊る人びとが川の流れのように押し寄せていた。上司のように蒸気して赤い顔、吐瀉物の黄色、踊り疲れたのか青い顔や紫の顔ををしている人も見える。緑色はその辺の街路樹から枝を折ったやつだ。それはさながら虹色のパレードのようだった。
事務所のビルから上司が飛び出すのが見えた。
上司は、みんなの流れに飲み込まれてすぐに見えなくなった。
しばらくは帰ってこないだろう。ぼくもとっとと家に帰るとしよう。
この奇病は今のところ防ぎようがない。同じ部屋にいたり接触してもうつらない。どうやって感染するかはまだわかっていないのだ。

もっとも、こんなパンデミックも数週間で終わるだろう。症状自体は一週間。症状さえ治まれば免疫ができるのだ。
ぼくはデスクの上を片付けた。思わず鼻歌が出る。歌いながらイスから立ち上がった。
ぼくは自分の胃から酸っぱいものがこみ上がってくるのを感じた。

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