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痛居 -イタイ-

名前の分からない虫が鬱陶しくジーッと鳴いている。どうやら日本の四季は狂ってしまったようで八月の夜でも三十度をゆうに超えていた。汗で服が肌に張り付く不快感さえも気にならないほど、私の意識は携帯画面にあった。

真っ暗な部屋の中、網戸を通して他の家の音が聞こえる。布団の上で息を殺すようにひれ伏していた。このまま時も止まって何もかも、明日さえも来なければいいのに。さっきまでうるさかった虫の声がいつの間にか自分の鼓動に変わっている。ドクドクと巡るような生々しい音はまるで部屋中に響いてるような感覚で、その気味の悪さから逃れるように急いで耳を塞いだ。

どのくらいその状態でいたのだろうか、もう居てもたってもいられなくてついに携帯へと手を伸ばす。新着のメッセージを知らせる通知を見るや否や情けない声が漏れた。意を決してメッセージアプリを開く。「好きかわからなくなっちゃった」その文字の羅列が体の中にドロドロと流れ込んできて、思い詰めていたもの全てを堰き止めていた栓を溶かした。

もう勢いよく泣いた。枕に顔を思いっきり押し付けて涙と鼻水がどうしようもなく溢れ出た。やみくもになりながら手伸ばしてイヤホンまさぐりとって携帯にグッと挿す。挿したというより刺した。言葉に刺された分思っいきり。

ずっと頭の中に"辛い時はクリープハイプを聴く"と言っていた友達の言葉が引っかかっていた。私はまだ辛くない。こんなのは序の口だ、と目を逸らし続けて再生ボタンを押すのを渋っていた。けれどやっぱりもう駄目だった。ぐちゃぐちゃの顔で音量ボタンを出来るだけ押す。鼓膜だけでなく今まで溜まっていたドロドロの感情が震えた。

そんな私の恋は百円で買えるぐらい、今思えば安い恋だった。この人しかいないなんて嘘だしくだらない。けれどその時は本気だった。普通の毎日の中にある小さな輝きであったものが、いつしか自分の中身の大半を占めていた。それに気がついて、痛くて、でも居たくて。

言葉にしたら崩れてしまいそうで、認めしまったら負けた気がして、なんとなくで当てはめていた部分をクリープハイプが代わりに歌ってくれた。それはもう、驚くほど的確に。ずっと探し求めていた言葉が耳を通って全身を駆け巡る。それが余計に苦しかった。苦しすぎてまた泣いた。

もしあの時の私がたった一つの恋愛に対してしがみついていなかったら、クリープハイプとは出会えなかったのかもしれない。ふと思い出す度に出会いは最悪だと毎回思ってしまう。ガサガサだった心がなんとなく柔らかくなったように感じた瞬間を忘れはしない。負の感情をまとったいかにも人間らしい、私の情けない部分をクリープハイプが撫でた。

もうすぐこの文章も終わる。こんなあたしの事は忘れてね。これから始まる毎日は普通ってやつを探す日々で相変わらず上手く生きることができないけどクリープハイプがいるから大丈夫。この先もきっと大丈夫。

#だからそれはクリープハイプ
#クリープハイプ

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