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喧嘩のすゝめ

“喧嘩をしてはいけません”

子供の頃、大人からよく言われる言葉だ。
大人はよく子供の喧嘩を止める。学校で生徒同士が喧嘩をしていれば教師が飛んできて止めに入るし、家で兄弟が喧嘩をしていれば親が止める。そして、両者をなだめて、“仲良くしなさい”と釘を刺す。当たり前のことだ。喧嘩なんかしたら、お互いに身体的にも精神的にも傷つくし、周りに迷惑もかけるし、良いことなんて何もない。

ちなみに、僕は今まであまり喧嘩をしてこなかった。だから、学校で喧嘩をして先生に止められたとか、友達と喧嘩をして相手の家に謝りに行ったなんていうヤンチャなエピソードは一つもない。
元々気弱な性格だし、そもそも友達も少なかったので、喧嘩をするような機会すらあまりなかった。それに加えて、喧嘩の抑止力として大きく働いていたのが、2人の姉の存在だった。

僕には姉が2人いるのだが、この2人はとにかく気が強くて、また相性も割と悪かったので、まあよく喧嘩をしていた。
お互いをボコボコに殴ったり、髪を引っ張ったり、皿を投げたり、時にはハサミで刺そうとしたり、とにかく激しかった。そして、シバき合いが一通り終わると、長女が次女を睨みつけながら、“一生恨んでやる”と捨て台詞を言い残し、一旦休戦となるのがお決まりの流れだった。
その後は、大抵、次女の方は落ち着くのだが、長女の方は全く怒りが収まる気配はなく、眉間にシワを寄せ、奥歯をギリギリと噛み締め、肩で呼吸をしながら、次女への恨み節を永遠と言い続けていた。そんな長女を、いつも母親が2時間ほどかけてなだめていた。
そういうことが日常茶飯事だったので、こんなに親に迷惑がかかるんだったら、喧嘩なんて絶対にするんもんじゃないな、と少年だった僕は学習した。

だが、喧嘩はしばしば僕を誘惑してきた。
僕は、次女とは比較的仲が良かったのだが、長女との相性は悪かった。長女は、気弱でくよくよしている僕を事あるごとに馬鹿にしてきた。その度に、僕ははらわたが煮えくりかえるほどムカついていたのだが、ここで怒りを爆発させてしまうと、怒り狂った長女に何をされるかわからないし、母親がまた2時間コースでなだめなければいけなくってしまうことは容易に想像出来た。だから、いつもマグマのような怒りを力づくで呑み込んで、熱くなった体を布団に放り投げて、一晩寝て忘れようとしていた。

そういう生活をしていたからか、嫌なことを言われても黙って耐える癖がついた。何を言われても、怒りを表現することがほとんどなくなった。

だから、学校で周りから悪口を言われても、何も言わなかった。
趣味を言ったら、鼻で笑われて馬鹿にされた時も、何も言わなかった。

だって、喧嘩なんかしたら、お互いに身体的にも精神的にも傷つくし、周りに迷惑もかけるし、良いことなんて何もないから。
だから、自分が怒りを飲み込むことが、最も平和的な解決方法なのだ。

これでいいんだ。


これで、、、


いいのか、、、?


ある日、ふと疑問に思った。

確かに、僕が怒りを表現しなければ喧嘩は起こらない。だが、僕を侮辱してきた奴らはそのままのうのうと過ごし、侮辱された僕はモヤモヤしながら過ごすことになる。何か間違っている気がする。僕は何かを失っている気がする。

そうだ、尊厳だ。
僕は喧嘩を避ける代わりに、自らの尊厳を守れていないことに気がついた。

確かに、暴力を振るったり、相手を侮辱するような発言をしてはいけない。だが、抗議はしなければいけなかった。そうしなければ、自らの尊厳を守ることができないということに気がついていなかった。

少年の頃の僕は“良い子”だった。
他人を傷つけるくらいなら、自分が傷つくことを選んだ。周りに迷惑がかかるぐらいなら、自分だけに迷惑がかかることを選んだ。
それで本当に納得できているのならば、そういう生き方をするのも有りかもしれない。だが、自らの尊厳が脅かされている時は別だ。そういう時には、尊厳を守る“覚悟”を決めなければならない。

“覚悟”とは、断固として相手に抗議をする覚悟であり、それによって、時には周りに迷惑をかける覚悟であり、他人を傷つける覚悟である。

少年だった僕は、たとえ怒り狂った姉にハサミで刺される可能性があっても、たとえ母親が2時間コースで姉をなだめる未来が見えていたとしても、それでも抗議はするべきだった。

他人に侮辱されても、その時は一時的に我慢して、何とか黙ってやり過ごせるかもしれない。だが、尊厳は確実に奪われている。尊厳が少なくなれば生きづらくなるし、底をつけば生きていくことはできない。
だからこそ、どれだけ他人に雑に扱われても、自分だけは、自分のことを大切に扱い、絶対に味方でいなければならない。

僕は、こんな当たり前のことを大人になってから気づいた。もっと早く気づきたかったな。

もしも小学生の頃にタイムスリップ出来たら、以下の標語を教室に貼り付けておきたい。


“ 喧嘩をしてはいけません”
 ※自らの尊厳が脅かされている場合を除く。


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