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ファインダーの向こうにはいつも愛おしい人が映った

祖母の遺品整理をしていたら、見覚えのあるような、ないような、黒くて重たいカメラが出てきた。Autoboy と書いてある。母に、「このカメラなに?」と聞くと、「ばあちゃんいつもそのカメラであんたらのこと撮っとったんだよ」と。

次の日にはカメラ屋に向かっていた。電池を入れる蓋がどうにも開かず、カメラ屋に行ったがカメラが古すぎて結局店員さんもギブアップした。(家に帰って父に聞いたらあっさり開いた)
母に教わりながらフィルムをセットする。そして、"2000年1月"で止まっていた日付を、"2018年11月"にセットする。
この日から私はフィルムカメラの虜になった。

最新のスマートフォンのカメラ機能は凄い。あまりに綺麗に撮れるので、愛用していたコンデジは引き出しの奥の方に追いやられてしまったし、一眼レフを買う夢も諦めた。撮りたいと思ったものをすぐに、高画質で撮れるとは素晴らしい。対してフィルムカメラは、重たい、かさばる、電源を入れピントを合わせシャッターを押すまで時間がかかる(しかも撮った写真は現像するまで見れない)、フィルム代も現像代もかかる、などなど、手間まみれなのだ。

フィルムカメラにしか出せない写真の風合いがある。懐かしさの中に洗練された美しさがある。どんなスマホのカメラアプリを使ったって撮れない、唯一無二の風合い。これが、私をフィルムカメラの沼へ引きずり込んだもののうちの1つである。
そして、2つ目は、「箱に閉じこめる感覚」だ。ファインダーの向こうに広がる空間の、風の感触や匂い、騒音、そこで楽しそうに笑う愛おしい人、すべてが、重たいシャッターボタンを「ガシャン」と押した瞬間に小さな箱に閉じ込められたような気持ちになる。その箱は、現像されるまでカメラの中でじっとしている。サイコロくらいのサイズな気がする。そして、現像に行き、その箱を開いた瞬間、忘れかけていた日々の、匂いや、風や、会話が、ぶわっと、襲いかかってくる。
この感じ。箱を開きあの日に戻れたような気持ちになるこの瞬間が愛おしくて、たまらなくて、私はフィルムカメラを使い続けている。

祖母がこのフィルムカメラのファインダーを覗いたとき、ファインダーの向こうの私はどんな表情をしていたのだろう。何をしていたのだろう。きっとそれは、私からしたら「なんでこんなところ撮ったの?」というような瞬間ばかりなのだろう。だが、その写真たちは、祖母が思い出に残したいと強く感じて撮った、重たい重たい写真なのだ。愛おしいと思った数だけシャッターボタンは押された。
祖母がファインダー越しに私を見るとき、祖母はどんな顔をしていたのだろう。きっと微笑んでいたに違いない。その目は慈愛に満ちていたはずだ。
今は私がそのファインダーを覗く。相変わらずファインダーの向こうにはいつも私の愛おしい人が映る。

祖母が残してくれたフィルムカメラは、私に、愛おしい景色や人の尊さを教えた。

愛おしい人を視界に捉える。
私の愛おしい人たち、どうか、これからもこうしてファインダーの向こうで私に笑顔を見せていてね。
私が重たいシャッターボタンを押し込む瞬間はどうか傍にいてね。なんて、純粋な子供のようなことを願いながら、また、人差し指に力を込める。


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コメント (3)
フィルムで撮る理由って色んな人が語られてますけど、このnoteは妙にしっくり来て核心に迫る感じがありました。今後の執筆も楽しみにしています!
心に情景が末広がり、ホッコリするエピソードだなぁ…、と思いながら拝読させて頂きました。ありがとうございました。
あー! オートボーイって、ありましたねえ!
懐かしい!
(=^ェ^=)
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