銀河フェニックス物語<恋愛編> 第一話(最終回) 居酒屋の哲学談義
代金の支払いをめぐってティリーとレイターは口げんかのような状態になってしまった。
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「どうしてティリーが謝るの?」
チャムールの優しい声で、さらに申し訳ない気持ちが増幅する。
「折角、楽しい会を開いてもらったのに、雰囲気壊すようなことになっちゃって、ほんとごめんなさい」
下を向いたまま再度謝る。
「ティリー、みんなの顔を見てごらんよ。楽しんでるから」
ベルの明るい声に誘われて顔を上げる。
見回すと、みんな笑っている。
「お、お前ら、何、面白がってやがる!!見世物じゃねぇぞ」
レイターが一人ずつ指をさしながら、怒った声を出した。
アーサーさんが落ち着いて応じた。
「ひじょうに興味深いやりとりだった。それで、レイター、おまえはティリーさんに何て答えるんだ」
「ったく、別れるわけねぇだろが」
「おまえがそう言っても、それには二人の合意が必要だ」
レイターがわたしの目をじっと見つめた。
「わかった約束する。もう、悪いことはしねぇ。だから、さっきの言葉、撤回してくれ」
「違法なお金儲けもしない?」
「しない」
断言するレイターを見て、わたしは小さくうなずいた。
アーサーさんが付け足した。
「ティリーさん、こいつは法は破っても自分で決めたことは破らない奴ですから。信頼して大丈夫です。これは冗談ではありません」
*
フェルナンドさんが、ベルに何かささやいていた。
ベルが店長を呼んだ。
「お会計をお願いしたいんだけど、きょうは、この二人の分をただにしてくれる? 二人の門出のパーティーだから」
そう言ってわたしとレイターを手で示した。
店長がうやうやしく礼をしながらたずねた。
「他の皆様方の分も、今回は結構ですが」
「いいのよ。きょうはみんなからのお祝いなんだから。ここでただにされると困るのよ。おいしかったから、また利用させてもらうわ」
「恐れ入ります。今後とも、ごひいきに」
店長が深々と頭を下げて伝票端末を操作した。
割り勘って言ってたけど、ほんとはおごってくれるつもりだったことをその時知った。
申し訳なくて恐縮する。
「いやあ、悪りぃね」
レイターはうれしそうに笑った。
思わずため息が出る。
こんなに価値観の違う人と、この先つきあっていけるのだろうか。
*
帰り道、レイターに自宅まで送ってもらう。
横に並んで歩きながら考える。どうしてこんな面倒くさい人のことを、好きになっちゃったんだろう。
レイターがわたしの顔をのぞきこんだ。
「厄介なことになった、って顔してる」
「わかる?」
「わかるさ、俺も同じこと考えてたから」
「同じこと?」
「どうして、理解不能なあんたじゃなきゃダメなのか」
「その通りよ、どうしてレイターじゃなきゃだめなのか。わからないわ」
「しょうがねぇんだ」
「しょうがない?」
「恋は落ちるもんだ。自分の意思じゃねぇ」
そう言われても、レイターとつきあう前、わたしは相当悩んだ。
「わたしは、自分の意思で選択したつもりだけど……」
「恋の始まりに理由はねぇ。理由を探すから動けなくなる」
腑に落ちる言葉だ。
色々悩んで考えたけれど、結局、最後は勢いだった。
「そうね。レイターの好きなところと嫌いなところを数えたら、嫌いな方が多いもの」
わたしは指を折って見せた。
「なんじゃそりゃ。ティリーさんが別れると言っても、悪いが、俺は粘着気質だぜ」
「知ってる」
この人は、七年前に亡くなった前の彼女のことを今も想ってる。
「だから簡単にはあんたのことを手放さねぇ」
さらりと歯の浮くようなことを誰にでも口にする。
「不特定多数の女性が好きなくせに」
「そうさ、銀河中の女性が大好きさ」
女好きな点は素直に認めるんだ。軽く不快感が湧く。
わたしの目をレイターがじっと見つめた。
「その中で、ティリーさんを特定したんだ。俺の彼女って」
レイターの瞳に、わたしの姿が映っている。
うれし過ぎて、恥ずかし過ぎる。顔にすべての血液が昇ってきた。
口元がにやける顔をレイターに見られたくない。
「バカっ」
わたしはくるりとレイターに背を向けた。
*
レイターは肩をすくめて空を見上げた。
「バカ、って言われる理由がわかんねぇんだよな。ったく理解不能だ。俺の可愛い彼女は」
ポーーーーー。
汽笛とともに宇宙空港から深夜便が飛び立った。
航行灯が光の筋となって夜空へと吸い込まれていく。
その美しい光を、二人は無言でしばらく見つめていた。 (おしまい)
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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」