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弟のことを書く【第2回】目線で会話する男

Keiの帰省

Keiは市内の身障者施設に入居している。
父が他界する前は泊りで帰省させていたので、その頃のことだ。

家庭の事情もあり、Keiが我が家に帰省できるのは年に2~3回ほどだった。
必ずしも毎回、楽しげに帰って来るわけではない。
前回の帰省から間が長く空くと、機嫌が悪くなることが多い。
会っても目を合わせてくれない時間がしばらく続く。
走り出さないよう無理やり手をつなぐのだが、何とか振りほどこうとする。
食事をしたり、自転車に乗せたり、何かきっかけがあると、ようやく目を合わせてくれる。
限りある貴重な時間を楽しく過ごしたいのに、なんで?と思うのだが、悪いのは我々だ。
もっと小まめに連れてきてやればいいのに、叶わなくてゴメン。

帰省の際は、父が自家用車で迎えに行く。
玄関で母に手を洗うよう促され、リュックや帽子などの持ち物を私の部屋に置き、ドタドタと走ってリビングに入る。
その頃のKeiは、ペンとらくがき帳で絵を描いたり、TVCMを書き起こしたりするのが好きだった。
TVCMの、最後の決まり文句を特に気に入り、きれいに書き並べてその通り読むことも多かった。
得意げに真似して読むところが、家族から見ると微笑ましいものである。
帰宅後、先ずはそうやってリラックスしてもらう。

次に、自宅に保管してあるお気に入りの玩具を取り出して並べる。
幼少の頃に買い与えられた自動車や、新たに買い足したブロックなど。
初めての玩具は、その動きや特徴をしっかりと楽しむのだが、歴史の長い玩具は少し違う。
夢中になるというよりは、その存在を確認し、安心するための作業というように感じられる。
玩具の確認に気が済むと、夕飯の前に少しだけおやつを食べる。
そのあとは、昼寝をしてくれると家族としてはありがたい。
この時点で既に、運転に疲れた父、夕飯の準備に追われた母、走り回るKeiを追いかけ回した姉、全員ダウンしている。
これが家族のリアル、生活はきれいごとでは済まない。
施設の職員の皆様には、本当に感謝しかない。

皆で少し昼寝をしたあと、騒がしい夕飯となる。
Keiは食べるのが早く、給仕に忙しい。
好物でも一瞬で口に運んでしまうし、「おいしい」と口に出してくれるわけでもない。
でもどこか、満足していることはわかるのだ。
食後は忘れてはいけない服薬があり、必ず事前に食卓に用意してある。
水と一緒に渡すと、素直に飲んでくれる。
Keiは薬を飲んだり絆創膏を貼ったりすることを嫌がらない。
むしろ満足げなようにも見えるのは、何か自分がかまわれていることに、悪い気はしないということなのか。
あるいは本能的に、自分の身を守ることの必要性を理解しているのか、どちらにせよ、ありがたいことではある。

目線で会話する男

父はKeiを迎えに行った際、他の寮生さんが、家族と年内の帰省の回数を数えている場に遭遇したことがあるらしい。
母から聞いた話だが、そういった高度な会話をしているのが父としては羨ましく思ったそうだ。
その気持ちもわからなくはない。
だがKeiは、言葉を交わさずに会話してくれることがある。

帰省は1泊か、多くても2泊だ。
就寝前、Keiは大事な物を忘れて行かないよう、自らリュックに荷物を詰め始める。
その中には新しく買ってもらった玩具や、らくがき帳から数枚、自分がうまく書けたと思うページが含まれることもある。
詰めながら、Keiは私に視線を送る。
明日が帰る日なのか、確認しているのだ。
――もし明日も泊りであれば、姉は「まだ詰めなくていいよ。」と声をかけてくれるだろう。
止めないということは、やはり明日が帰る日だ。――
自分の疑問を口に出さなくとも解決し、それを私にも伝える。
Keiは、目線で会話できる男なのだ。
聡明で、誰も困らせない方法だと感心した。
Keiは自分が帰るべき場所を理解している。
少し切ない方法ではあるが、知恵を絞って生み出した確認方法なのだ。
コミュニケーションの取り方には様々な方法があると、私に教えてくれた一件であった。

※Keiは自閉症で、重度の知的障がい者です。
障がい者向けのグループホームでお世話になっています。


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