見出し画像

忍殺二次創作短編 【コーヒー、シガレッツ・アンド・ニンジャズ】

 ネオサイタマが燃え上がったあの永遠とも思える夜からひと月。

 子供のころに観た古いSF映画が思い浮かんだ。正義の味方が悪の宇宙基地を破壊し、平和が訪れる。独裁者が倒れ民衆は歓喜する。
 現実はそう単純ではない。
 悪の体制は倒れた。支配者たちは舞台から去り、不正や陰謀は露呈した。市民は束縛の鎖を打ち破り、立ち上がった。
 だが混沌から浮かび上がるのは、新たなる希望と、そして新たなる憎悪。
 解き放たれた暴力は原始的な姿を取り戻した。

 古きネオサイタマの面影も確かにあるが、決して同じ町にはならないだろう。
 とはいえ少なくともアタシのような人種には、生きやすい町であるはずだ。

      ◆

 戦いの傷を癒すため当座のねぐらとしてこのビルの一室に引きこもって、はや一ヶ月。半壊した自宅から必要最低限のものだけを持ってきている。
 このビルの所有者はあの夜に命を落としたのだろうか。ともかく人が戻ってくる気配はなかった。

 長き闘争はついに終わり、限界を超え酷使された体は悲鳴を上げた。
 しばらくはカビ臭いフートンにくるまり死んだように眠り続けたが、徐々に体は動くようになった。まだ全身が痛むがもうしばらくすれば何か仕事もできるだろう。

 あの日寄り集まった戦士たちのうち幾人かはすでに町をたっていたが、未だ残っている者もいた。

 そして今日は来客が多い。
 早朝に訪ねてきたフェイタルと話し込み、食事をして、出立する彼女を見送るとすでに午後になっていた。

 腕の傷を洗っているとノックの音が響いた。3回、ややおいて、1回。
「ドーゾ」
「ドーモ、レッドハッグ=サン」
 きしむ鉄扉を開けてエントリーしてきたのはネオサイタマの死神だ。
「傷の具合はどうだ」
「ああ、まあまあだね」
 彼は表情を変えず無言でうなずいた。

 ネオサイタマの死神。ニンジャを殺す者。指名手配テロリスト、フジキド・ケンジ。
 探偵を名乗り、地味なトレンチコートにハンチング帽を目深にかぶっているがその眼光はするどく、数々の死闘をくぐり抜けた人ならざる者の気を宿していた。
 そして彼は文字通りの月においての激闘と生還を経てある種の伝説を作り上げている。しかし、フジキドの顔には浮ついた誇りもなく、安堵や喜びも読み取れなかった。
 ただ、かすかな地平線を見渡す者のような、あるいは終わりなき砂丘を歩き続ける者のような、ある種の達観した、「真のニンジャ」のまなざしがあった。

「かけなよ」
 椅子を指すと、彼はうなずいて浅く腰かけた。
 アタシもテーブルの対面に座り、肘をついた。

 つづいて、彼は小さな紙袋を取り出した。
「オヌシには世話になった。ツマラヌモノデスガ」
 受け取るとそれは、オーガニック焙煎コーヒー豆だった。黒の上品なラベル。キョートの商社の高級品だ。そうそう飲める代物ではないだろう。
「ワオ...悪いね。さっそく淹れようか」
「いや、オヌシは腕が痛むだろう。私が...」
「何言ってるんだ、コーヒーぐらい淹れられなくてどうする。それに、こう見えてちゃんとした道具を持ってるんだよ」

 簡素な炊事場の棚からミルとドリップポットを取り出す。
 ミオが使っていたものだ。彼はコーヒを淹れるのが上手かった。もっとも、ケミカルなフレーバーが鼻につく安物バイオコーヒーだったが。
 あの日、ミオの部屋からこれだけを持ち出した。

 沸いたポットがけたたましく鳴く音を聞きながら、ミオの笑顔を思い出した。

      ◆

 オーガニックコーヒーの芳醇な香りが殺風景な室内を満たし、灯がともったような感じがした。
 旨い。

「しかしアンタも意外と趣味がいいねえ。こんな洒落たものを選んでくるなんてさ」
 からかい半分に声をかけてから、思い出した。フジキド・ケンジは元々サラリマンだ。カタギの仕事で妻子を養い、あたたかい家庭を営んでいた。アタシとは違う。
 だが彼は変わらず神妙な表情をしたまま、つぶやいた。
「友人の受け売りだ」

      ◆

 アタシたちは大した話もしないまま、ゆっくりと数杯のコーヒーを味わった。
 外は暗くなりはじめ、フジキドは深くオジギをして立ち去った。アタシもオジギを返した。
 いつだったか二人でふざけたニンジャを殺し、泥酔して他人の家に転がり込んだことを思い出し、苦笑が漏れた。

 トレンチコートに包まれた広い背中が雑踏に消えてゆくのを窓から見送ると、煙草を取り出した。
 いつものように二本。火をつける。
 あの日の煙が立ち上る。

 ひとときすれ違い、皆何かを残し去ってゆく。
 汝、願わくは壮健なれ。

 コーヒーと煙草の香りが甘く溶け合った。


      完


(※この作品はニンジャスレイヤー二次創作短編であり、公式とは関係ない。また設定の齟齬なども関知しません。状況判断だ)

金くれ