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黄衣の王

 クリスマスの午睡がおれの認識を薄れさせる。サンタクロースはずいぶん前に死んだが(ダダリオ・カマロのくれた15年には概ね満足している)あの頃のような夢を見た。おれの幻視がおれの現実を飲み込む。

 教室、古びた校舎。進まない時間と出られない切り取られた次元。義足のHさんが前より歩くのしんどなったかもと呟いて、やっぱプロに見てもうたほうがええすよ、と答える。
 鉄パイプや金属の廃材でできた右脚。踵のサスペンションのアイデアを出したのはおれだったが、うやむやにして謝らなかった。

 悪い教師の顔を焼く。Oは慌てふためいて、成り行きで犯罪を犯してしまった、と頭を激しく掻く。おれも加担した。流れで。こいつの顔を焼くのは、ポイ捨ての空き缶を拾ってゴミ箱に捨てるような淡い善行だとすら思っていた。人殴ったことすらねえのに、とおれも呟いて、学校を卒業するように人の顔を焼いてしまった、と吐き捨てた。

 取り残されたこのクラス以外の教室では、生徒は机に向かい教師は黒板に板書をしている。次元を隔てたおれ達の声は届かない。腹も減らず喉も渇かず眠りたくもならない静止した時間の中で、かなりを過ごしていると、何人かが許されたように居なくなっていく。

 またかなり経って、おれは残ったクラスメイトを校庭に呼んで、一人一人の手に火を持たせる。ライターを探したポケットの中に違う種類のタバコが2箱入っている。タバコがあれば話が出来る。

 おれたちは本当に残されてしまった、帰ることは出来ないだろう。
 昼間のように視界は明るいが、夜と言うよりインクで塗ったような真っ黒な空の下。手にした火がそれぞれの顔の明暗を強める。


 またかなり経って、Kと鳥売りを眺めている。おれ達のいない町中に、木づくりの篭と箱で作られた鳥入れが幾つか並んでいる。中で鳥がひしめき、サラリーマンや主婦や老人がそばを歩く。向こうに歩道橋が見える。その上におれとKは立っている気がする。眼下は整備された歩道の上に九龍城の中が一部沸いたような雰囲気。
 鳥入れの上部にある目の粗い網のところから薄汚れたヒナが折り重なって見える。ヒナの見た目では鳥の種類は曖昧だが成鳥はニワトリに似ている。養蜂も併設しているのか大人しい蜜蜂が数匹、ゆっくりと辺りを旋回して、鳥入れの脇に付いている巣を出入りする。
 ボサボサ頭に分厚い革のつなぎと手袋の店主が、仕入れの客とやけに通る声で喋っている。

 それをBGMに、おれはあいつの事を下に見てるしあんまり好きじゃないが、次の王はあいつだよ、と指を指す。鳥を一匹篭から抱き上げて、どっからきたんやあ、と愛しそうに話しかけているズタボロの麻布姿のIが見える。ガキの頃のネグレクトのせいか成長してからの借金まみれと万引きで評判が最低の幼馴染。彼の頭に枝と蔓で出来た王冠が見える。Kには見えないが、おれには見える。

 誰でも王になれる。フェイトに握られて決まっているように見えるが、おれたちには自由意思があって、それが世界を造る。

 泣きながらのおれが話し終わる去り際、Kがおれの肩を叩く。ニューエラとTシャツに短パン姿のIが肩をいからせながら現れて、Kがそれを指差している。
 おれはしゃがれた声で、あれは王にはなれない、同じ人間でも、さっきのIとは別人だよ、と冷たい目を向けてそれを反らす。


 同じ人間でも、別人だよ。そう言った自分の声が耳に残ったまま目を覚ます




カバー絵:『金枝』(J.M.W. Turner)

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