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雨音が奏でるセレナーデ(1)

雨の音が心地よい。

嘘だ。本当は嘘だ。

雨の音は孤独をさらに掻き立てられるから嫌いだ。でも、雨は好き。

窓の外を眺めながら、ヨウコはそう考えていた。

「どうして休みの日に雨が降るんだろう」

部屋にはヨウコしかいないのに、そうつぶやいた。

雨の休日。もともと予定などないのだが、ヨウコは窓の外を降りしきる雨に嫌悪感を感じていた。

洗濯物を外に干すことができないから?いや、普段から部屋干しをしているのでそれは問題なかった。

そういえば、あの日もそして、ついこないだも雨が降っていたっけ。

先月まで3年一緒に暮らしていたコウヘイと付き合うきっかけとなったあの日。今日と同じように雨が降っていた。

当時居酒屋でバイトをしていて知り合ったコウヘイに特別な感情はなかった。ただ仲の良い先輩で話をしていると楽しいなという感じだった。

ある日、バイトを終えていつものように帰路へ向かおうとしたその時、外は雨が降っていた。こんな日に限って天気予報を確認していなかったので、カサを持たずに家を出たのだった。

「雨…か」とつぶやいたと同時に、後ろから声をかけられた。

「オツカレさん!あれ?ヨーコ、お前カサ持って来てないの?」

振り向くと、コウヘイがそこにいた。

「うん、降ると思ってなかったから」

「このカサ使えよ」

コウヘイは大きな紺色のカサを差し出した。

「えっ、いいんですか? でも、先輩は?どうするんですか?」

「いいから」

すぐに受け取ろうとしないので、コウヘイがさらにグイっとヨウコの目の前に押し付けるようにカサを差し出す。

「でも…」

困った様子を浮かべるヨウコを見て、コウヘイはカサをひっこめると同時にヨウコの手首をギュッと掴んだ。

「きゃっ」

思わず変な声を出してしまった。

「帰るぞ」

コウヘイは店の扉を開けてカサを広げると、ヨウコの手首を握ったまま引っ張るようにして歩き始めた。

…先輩ってこんな積極的な人だったっけ。

ヨウコはコウヘイの行動に驚きながら、黙って隣を歩いていた。なんだか照れくさくって顔を上げることができなかった。

いつもは意識していないのに。

ひとつのカサに身を寄せて歩いているから?でも、コウヘイとのこの距離だって仕事中の狭い厨房の中だったら何も気にならなかったのに、どうして。

どうして、こんなにドキドキするんだろう。

「ヨーコ、今度の休みっていつ」

駅へと向かう道のりを半分くらい過ぎたあたりでコウヘイが沈黙を破った。

「えっ、たしか明後日だったと思う」

「オレも明後日休みなんだよ。どっか遊びに行かね?」

突然のコウヘイからの誘いにヨウコは驚いた。

「どうしたの急に」

「なんだ用事でもあんの?」

「いや、特に用事はないけど」

「けど?用事ないならいいじゃん!行こうよ」

「…別にいいけど」

「なら、決まりな。明日どこ行くか考えとくからさ。」

お互いに明後日が休みだという偶然にもビックリしたのだが、後になってコウヘイから事前にシフトは確認済で、行く場所もあらかじめ決めていたというタネあかしがあった。

そのあとはお互いなんだか気恥ずかしくなってしまったのか、黙ったまま駅に着いた。雨の音が胸の高鳴る鼓動とシンクロして、そのままひとつに溶けていきそうだった。

お互い帰る方向が逆なので、ヨウコとコウヘイは改札口でそれぞれ別のホームへ向かった。

「じゃあな、明後日楽しみにしてる。とりあえず10時にこの駅で待ち合わせな。あっ、そうそう。オレん家、駅からすぐだからカサ持ってけよ」

「うん。ありがとう。じゃあね、バイバイ」

駅舎に入ると鼓動が聞こえやしないかと思うくらい、心臓がドキドキしていてバクバクと胸を大きく打っていた。

先輩とは何度か駅まで一緒に帰ったことがある。いつもは笑顔でバイバイって言っていたのに、今日は顔すら見れやしない。

どうしよう。店を出る時に先輩から腕をつかまれた時の手のぬくもりがずっと離れない。そして、その時のことを思い出すとなんだかキュンとする。

なんだろうこの気持ち。

ヨウコはなんだか地に足がついていないような感覚のまま、電車に乗り込んで帰路に着いた。

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