「物語」を作るということ 〜日本のビジネスについて高校サッカーを見ながら考えた〜

なぜこんなことを考えているのか?

会社をやめてから、世界情勢・日本のビジネス・エンターテインメントなどさまざまなトピックについてニュートラルに考える機会が増えた。遅すぎるかもしれないが、26歳にして物事を深く考え始めた。そしてコンピューターサイエンティスト・音楽家・生物学者など、これまでじっくり話す機会が少なかった方々と話すようになった。自分は何がしたいんだろうか?何をすべきなんだろうか?ということを考えながら。

半年間、人々の幸せや生きがいについて考えて、一つのテーマに行き着いた。それが「物語」の持つ力である。このトピックを与えてくれたのは僕の親友であり、マーク・ザッカーバーグである。感謝したい。

この記事では、なぜ日本の産業が停滞しているのか?なぜ日本の若者はエネルギーがないと言われるのか?なぜ高校サッカーが感動的なのか?(いきなりw)について、「物語」という視点から考察したい。

なぜ日本の産業が行き詰まっているのか?

まず平成の30年間で日本の経済成長は完全に停滞した。安価な労働力と丁寧なものづくりスピリットを生かして世界中を魅了してきた産業界は行き詰まっている。製造業は人口減少・人件費高騰によって競争力を失い、もともと低い資源力の乏しさを顕著に露呈し始めた。世界を席巻したウォークマンなどの電気製品も今ではApple製品にほぼ全て取って代わられてしまった。panasonicはこれから世界中で競争が見込まれる半導体事業から撤退し、「競争力」という意味では日本中が希望を失いかけている状態だ。

経済が停滞していても人々が明るければまだ良い。スペインやイタリアのように、観光業以外に「競争力」のある産業がなくても「陽気に人生楽しもうぜ!」みたいなスピリットがあれば国としてはまだ明るいだろう。ただ、我々日本人は非常に真面目であり、数十年の間で国民性が劇的に変わることを期待するのは現実的ではない。Yahooニュースにはどちらかといえばネガティブなニュースが並んでいるし、長時間労働やつまらない仕事に苦しんでいる人が多いように感じる。

なぜ日本の若者は元気がないと言われるのか?

近年日本の若者は元気がないと言われる。海外志向も減少し、「世界のトップスクールにアジア人ばっかりだ」と言われても、それは韓国・中国の方々が大半だ。日本の中で見ればそこそこ優秀で、そこそこ裕福で、そこそこ安定している。だからこそ、ユニクロの柳井さんやソフトバンクの孫さんがしきりに「このままでは日本が滅びる」と警鐘を鳴らすたびに、多くの人の中には「ん?どうせ金持ちの世界の話でしょ?」というなんともいえない感情が湧く。それは仕方ない、見ている世界が違うのだ。彼らは完全にグローバルな舞台でビジネス競争を行っているが、一般市民にとってそんな世界は「日経新聞の中でしか起きていないこと」なのだ。あまりに細分化された資本主義ネットワークでは、自分が日々やっている仕事がどんな可能性を持っていて、どんな意味を持っていて、誰を笑顔にしているのかわからない。自分の上司の上司の上司の上司が誰で、何を目指しているのかがわからない。

物語とは?〜マーク・ザッカーバーグの話〜

そんな「やりがい」のヒントになるのが「物語」である。FacebookのCEOマーク・ザッカーバーグの言葉を聞いてみよう。

親友に紹介された動画を見て、ザッカーバーグが素晴らしいことを言っていた。ハーバード大学卒業式のスピーチで彼は「これから君たちがやるべきことは二つある」と言った。

①自分の生きがいを見つけること
②可能な限り多くの人が信じられる「a sense of purpose」を創ること

①の世の中に生きがいを持っている人はたくさんいるだろう。サッカー選手になりたい人、宇宙の謎に挑んでいる人、最高の料理を追求している人、などの素晴らしい夢は自分の人生を豊かにしてくれる。

一方で、②を成し遂げた人はいるだろうか?a sense of purposeとは「目的意識」とも「生きがい」とも訳せるが、俺は「物語」と呼んでいる。つまり、「多くの人が共感し、それを通して"自分の欲望を越える高次の目標を達成できる"と信じられること」である。俺は「文化祭」がまさにそれに相当すると思っている。文化祭は正直言ってやらなくてもいいイベントだ。それでも、クラスの中で「無口なやつ」も「お調子者」も「キザぶってるやつ」も最終的には一生懸命協力しちゃって、最終日には体育館の裏でクラスの好きな子に告白されちゃったりするとんでもないイベントだ。そこには個人の目標なんてものはあんまりない。「文化祭を通してサッカー選手に一歩近づく」やつはいないだろう。そこにあるのは「クラス・学校全体でお祭りをやる」という高次のa sense of purposeだ。そこにあんまり理由なんてないのだ。

a sense of purposeの例をあげてみよう。例えば漫画「ワンピース」でいえば、ルフィの「海賊王になる!」は①だが、「みんなでone piece見つけようぜ!」は明確な②である。なんかワクワクしてしまう。たとえone pieceが何かわからなくても何十巻と続くjourneyが急に美しくなる。例えば漫画「キングダム」。(他のサイトで素晴らしい考察がされていた。)未来の秦王・政が掲げる「中華を統一し、戦のない世を作る」という強烈なa sense of purposeがそこに関わる全ての戦士たちに勇気を与えている。「天下の大将軍になる!」という①型の目標を持つ主人公・信も、その壮大なビジョンの中で「征服した土地の民は絶対に蹂躙しない」という倫理観を明確に持ち、大きな物語の中で生きていると言える。

なぜ高校サッカーは美しいのか?

年末年始、勉強の合間に高校サッカーを見ていた。100回目の開催らしい。まず、100回目ってすごくないか?選手の平均的なレベルとして見ればクラブユースの方が高いし、コンテンツとしてみれば明らかにプレミアリーグの方が面白い。海外でこんな大々的にU-18のサッカーを全国放送でやるなんてほとんど例がないだろう。あと、100年間続く企業を作るのはめちゃくちゃ難しい。日本でも100年以上続いている企業は京都を中心とする伝統的な企業ばかりだ。

ではなぜ高校サッカーは美しいのか?そこには明確な物語がある。
「高校生活をサッカーに捧げ、国立競技場で最高のチームメイトと最高の喜びを分かち合う」
明確にプロを目指している選手を除いて、大半の選手がこの物語の中で、3年間のほぼ全てをサッカーに捧げる。こう見ると、one pieceとほとんど同じだ。しかも3年間というjourneyを通じて、多くの選手が成長し、卒業する頃にはタフな「青年」になって巣立っていく。日本代表を支える選手の多くがこの「高校サッカーalumni」であり、いまでは日本サッカーの基盤となっている。このシステムは元々ラグビー関係者から持ち込まれた企画らしいが、それをサポートした新聞社含めて、この企画を中心的にやった人は天才だ。

国立競技場を使って全国放送で成果披露の場を作る。この物語が高校サッカーを圧倒的人気に押し上げ、中学生・小学生・幼稚園児まで巻き込んだ壮大な物語へと成長している。(2019大会準決勝で青森山田と超ハイレベルな戦いを演じた帝京長岡の応援に、夢舞台として憧れる長岡の小学生が来ている!)

なぜ「体育会系」の人が社会に出てからイキイキできないのか?

だが、高校サッカー・大学サッカーを終えた後も人生は続く。プロになれるのは1%未満。残りの99%は「プロサッカー選手以外」の人生を歩んでいかなくてはならない。問題は、「その後の人生がクソつまらないこと」である。(いい夢を見つけた幸運な人や、長期的なビジョンを持って行動してきた人はここでは除く。)

これまで強烈な物語に拘束され、合コンも恋愛も断ってサッカーに全ての情熱を捧げてきた人にとって、「誰のためにやっているかわからない仕事」や「期間のないエンドレスなオペレーション」に従事することは拷問だ。毎日定時に起きて会社に行き、デスクに座って普通に仕事をして、帰って寝る。当たり前の幸せはめちゃくちゃいいことだが、「強烈な物語を経験した人」にとってはその「普通」が「死ぬほど苦痛」なのだ。

苦痛だからと言ってそこから脱出することも難しい。なぜなら、これまでの「物語」も自分で作ったものではないからだ。厳しいことを言えば、(自分にも当てはまるのだが)「どこかの天才が作ってくれた最高にワクワクする舞台で楽しませてもらっていた」に過ぎないのだ。

坂本の見立てでは、高度経済成長期のエネルギーはある意味偶然だ。「戦争で日本を負かした欧米に経済で追いつく。そしていつの日か追い越してやる!」という強烈な物語が全ての人を動かした。どんな末端の仕事をしていても、どんな地道な仕事でも、「だいたい10年後くらいに世界中の人が日本の復興を驚き、賞賛する」というイメージを描くことで、エネルギーを感じることができた。そして昭和にかけて豊かになった日本は、物語を失った。その後のストーリーは上述の通りである。

物語を作るということ

では、これから俺たちは何をしなくてはいけないのか?一人一人が①型の「目標・夢」を見つけるのはもちろん大切だ。だが、これは実はとても難しい。なぜなら幼少期の体験や環境こそが「原体験的なワクワク」を生んでおり、大人になってから「自分の夢はこれに違いない!」と考えるのは大半の人にとって超難問だ。(「やりたいことをやろう!」型のインフルエンサーの多くは、言っていること自体は素晴らしいがこの人たちの気持ちがわかっていない。)

多分、これから必要なのは②である。自分一人でエンジョイするのもいいが、多くの人が共感できる物語を生み出すことが求められている。それこそがミッションである。坂本が考える「良い物語」には条件がある。
◆期間があること
→「いつか〇〇になろう!」ではやる気でない。1年後、3年後、5年後、など。
◆参加する8割以上の人にとって、日々のオペレーションを拘束するレベルで現実味がある
→「世界を笑顔に」、とかはばらつきも大きいし、達成度合いがわからない。
◆達成することが難しく前例がないが、頑張れば可能であること
→最大の難条件。例えば秦の中華統一は前例がなくクソ難しいが、残りの6国を倒して平和的に従属させることができれば達成可能。
◆自分で考えたやり方でチャレンジできること。
→マニュアルに従ってやる、とかはダメ。加えて、貢献の仕方が人それぞれあって、それが「その人らしさ」を持っていなくてはならない。例えば文化祭で、あかり人は渉外、手先器用な人は物品作り、可愛い人は広告係、など。
◆そのjourneyの過程で、笑いあり、涙ありの浮き沈みがあること
→初めから必ず成功するとわかっているフィールドはダメ。できれば成功確率が5~6割くらいで、ワンチャン失敗する。

これから先、僕らがやるべきこと

上記の条件を少しでも多く満たす物語を作ることだ。恐らくこの「物語」が日本にエネルギーをもたらす。

この「物語」のトピックすら一人では達成し得ない。良いアイディアをみんなで出し合い、それについて話し合い、より筋の良い物語を作ることが大切だ。アイディアがある人ぜひ教えてください。正直数行のアイディアでも億単位の価値があると思っています。

おわり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?