テレビについて⑮ドラマ「ふぞろいの林檎たち」の思い出。
今では、本当に「大俳優」になった中井貴一が、まだ若く、これからどうなるのだろう、と視聴者が不安になるような演技をしていた頃、同世代の柳沢慎吾、時任三郎らと、パッとしない大学生の日常を描いたテレビドラマで共演していた。それが「ふぞろいの林檎たち」だった。
テレビドラマ「ふぞろいの林檎たち」
その後、4年にわたって、パート4までシリーズ化され、原作・脚本は山田太一、音楽はサザンオールスターズの「いとしのエリー」だった。その頃、若者だった人たちの多くは見ているような、1980年代を代表するドラマの一つだったと思う。
スキー場
特に、その頃の大学生は、熱心に見ていた記憶があるが、当時は、大学生にとって、スキー場に行くのが、とても流行っていた頃でもあった。
私自身も、年末に甘納豆(半生タイプ)の配送や販売のアルバイトをして、冬はサッカー部もオフになる時期があるので、時間もあり、そのお金でスキーにも行く。
大学生になると、その習慣がついていた。
夜間バスに乗り、車内の暑さに苦戦しながらも、少しは寝て、スキー場に行き、まだ若いので、そんなに疲れずに、滑っては転び、また滑って、少しは上達した、と思える頃に帰るような繰り返しでもあった。だいたい、3泊4日くらいの日程だった。
そんな繰り返しの中、ある冬、同じようにスキー場に行き、夕方まで滑って、風呂にも入り、食事もして、宿泊施設の部屋で友達とダラダラして、テレビを見ていた時があった。それは、いつものような時間だった。
「ふぞろいの林檎たち」が始まる頃、一緒にいた人たちも、見たいというので、部屋に1台だけあるテレビをつけた。
夜のペンション
夜の10時だから、そこそこ夜遅い時刻なのに、部屋のチャイムが鳴った。
部屋には、その時は、確かメンバー全員がいた。その頃のスキー場に行く大学生の目的の一つの「男女交際」のために、外出していた人間は、いなかったはずだ。
誰だろう。と思い、ドアを開けたら、知らない若い男性が立っていた。
「すみません」。
はい。
「私は、このペンションでアルバイトしている人間です」。
はい。
『今日の作業は終わったのですが、バイトの部屋にはテレビがありません。毎週、「ふぞろいの林檎たち」を見ています。無理を言っているのはわかっているのですが、見たいです。すみませんが、もし、この部屋で見ているのなら、一緒に見せてもらえませんか』。
詳細は違っていると思うのだけど、そんな風なことを、かなり遠慮がちに言った。私も、他のメンバーにも異論はなく、部屋に入ってもらって、一緒に「ふぞろいの林檎たち」を見た。
その時のドラマの内容は、すでに覚えていないものの、その男性とみんなで一緒にドラマを見た、「時間の感触」のようなものは少し覚えている。
スマホも、携帯もないし、テレビ番組を録画をする機械もまだ高額で、それほど普及していなかったから、連続ドラマを見るには、いつになるか分からない再放送という機会を除けば、リアルタイムで見るしかないような時代だった。
だから、今では、考えられない出来事だと思う。
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