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【短編】陽炎と眠り草

様々なシチュエーションにおける短編集

「陽炎と眠り草」

登場人物
蓉子(ようこ) 千歌の大親友
蒼真(そうま) 千歌の夫、千歌と蓉子の大学の先輩
真歌(まか) 千歌と蒼真の子供
千歌(ちか) 真歌の母親

 ―中学校の教室
 一年二組
 真歌のクラス
 授業参観
 蓉子が教室の後ろで見ている
 真歌が立って作文を読み上げている―

[真歌] 私のお母さん。一年二組、沢田真歌。

 ―回想
 葬式会場
 夕方
 たくさんの参列者―

[真歌] 私のお母さんはいつも世話をしてくれている蓉子さんではありません。

 ―挨拶して回る紋付の五十代の女性(千歌の母)
 泣いている赤ん坊の真歌
 疲れ切って待合室の和室で寝転ぶ蒼真
 蓉子の遺影を見る真っ直ぐな眼差し―

[真歌] 私の本当のお母さんは、私を産んだ時に亡くなりました。

 ―千歌の笑顔の遺影
 待合室
 蓉子が真歌を寝かしつける
 蒼真は隣で寝転んだまま―

[蓉子] 先輩、大丈夫ですか?
[蒼真] うーん。
[蓉子] 真歌ちゃんはすやすや眠ってますよ。さっきもミルクをたくさん飲んだし。
[蒼真] そうだね。
[蓉子] 父親なんですから、しっかりしてください。
[蒼真] うーん。

 ―会場の外で待つ真歌を抱いた蓉子
 納骨室で泣きながら骨を拾う蒼真や千歌の母親―

[真歌] 私のお父さんはとてもお母さんを亡くしたショックでしばらく立ち直れませんでした。蓉子さんが見かねて私の世話を引き受けてくれたのでした。

 ―沢田家
 朝
 真歌は生後半年
 母親代わりの蓉子が真歌の世話をしている
 蒼真はスーツに着替えている―

[蒼真] 蓉子ちゃん、それじゃ俺行ってくるわ。
[蓉子] はい、いってらっしゃい。
[蒼真] 行ってきまーす。
[蓉子] ほら。パパ、バイバイだよ。

 ―蓉子、抱っこした真歌の右手を取って振る―

[真歌] 蓉子さんはお母さんの代わりを一生懸命にしてくれました。私は蓉子さんのことが大好きでした。でも、私は蓉子さんが本当のお母さんではないことを知っていました。本当のお母さんの命日に毎年お祈りをするからです。

 ―沢田家の仏壇に飾られた千歌のマタニティフォトー

[真歌] 蓉子さんと私の本当のお母さんは大学生の頃からの大親友でした。

 ―千歌と蓉子が大学生の頃
 大学近くのカフェチェーン店―

[蓉子] うっそ! 蒼真先輩と千歌が?
[千歌] うん、そうなの。
[蓉子] えーっ、いつからいつから?
[千歌] 一ヶ月前。
[蓉子] 付き合いたてじゃーん! いーなー!
[千歌] ふふ。

 ―結婚式
 新郎新婦の蒼真と真歌
 嬉し泣きしながらライスシャワーをする蓉子―

[蓉子] 千歌ぁ! おめでとぉ!
[千歌] 蓉子、ありがとう!

 ―写真館
 お腹が大きくなった千歌
 付き添いで来て、カメラの前まで手を取って誘導する蓉子―

[蓉子] はい、そこ椅子あるからゆっくり座って。
[千歌] うん。よっと……ふう。
[カメラマン] じゃあお母さん、笑ってくださーい。撮りますよー。はい、もう一枚! お母さん素敵だからもう一枚撮りますねー。

 ―救急車のサイレン
 薄暗い病院の廊下
 立ち尽くす蒼真と蓉子
 看護師が赤ん坊を抱いて出てくる―

[蒼真] 千歌はどうなりました?

 ―看護師、首を横に振る―

[蒼真] そんな……!

 ―新生児室の前の廊下
 保育器の中で健やかに眠る赤ん坊
 黙って見ている蒼真と蓉子―

[蓉子] 赤ちゃん、元気そうですね。

 ―千歌の楽しそうな姿
 遊園地、合唱サークルの発表会、海―

[蓉子] 唇が千歌にそっくりですね。

 ―千歌の楽しそうな姿
 ご飯を食べる時の口元、笑った時の口元、歌う時の口元
 すやすや眠る赤ん坊
 蒼真の頬に涙が伝う―

[蓉子] うう……。

 ―蓉子は手で顔を覆う―

[真歌] 命日のお祈りでは、お母さんが好きだった歌を歌って、お母さんが好きだったフルーツてんこ盛りのケーキを食べます。お母さんの写真をいっぱい張り付けた大きなフォトカードの周りにロウソクを立てて、お花を飾ります。

 ―ロウソクに照らされた千歌の祭壇の前で歌っている蒼真と蓉子と幼稚園児の真歌―

[真歌] 普通は世話をしてくれる女の人がいたら、お母さんだと教えられると思いますが、うちはそうはしませんでした。蓉子さんが偽物のお母さんにはなれないと言ったからです。蓉子さんは私が小学生になって、手がかからなくなると、私とお父さんの家を出ていきました。

 ―ファミレス
 小学生の真歌と蓉子が隣同士、蒼真が向かい側に座っている―

[真歌] でね、新しい友達ができてね、一緒にブランコで遊んだの!
[蓉子] そうなんだ。あ、真歌ちゃん。襟が片方立ってるよ。直したげようね。
[真歌] うん。
[蓉子] はい、できた。
[蒼真] まるで本当の母親みたいだな。
[蓉子] やめてください。真歌ちゃんの母親は千歌です。私は何もしてあげられない千歌に代わって真歌ちゃんをお世話しただけなんですから。
[蒼真] そんなにはっきり線引きしなくてもいいじゃないか。
[蓉子] 私は千歌から家族を奪うようなことはしたくありません。
[蒼真] そんな事ないよ。千歌だって真歌の新しい母親が蓉子ちゃんだったら喜ぶよ。
[蓉子] 千歌が許しても私は自分が許せません。
[蒼真] そう固くなるなよ。

 ―蓉子を見つめる真歌―

[真歌] 私は蓉子さんのことも本当のお母さんのことも大好きでした。蓉子さんはいつも私のことを笑顔で見守ってくれますし、本当のお母さんのことは写真でしか知りませんが、明るくて楽しそうなお母さんは私にとって、例えるならキリスト教徒の人達にとっての聖母マリア様のような存在でした。どちらも大事な人で、小さい頃の私はどちらか一人しか選べないとは思っていませんでした。

 ―リュックを背負った小学生の真歌がインターフォンを鳴らす
 玄関から蓉子が出てくる―

[真歌] ある日、私はどうしても蓉子さんと一緒にいたくて、蓉子さんのおうちにお泊り会をしたいと言いました。ここに住むわけじゃないならいいと、蓉子さんはお泊り会をさせてくれました。一緒に暮らしていた時に作ってくれた料理で一番好きだった蓉子さんが作るカレーを久しぶりに食べました。一緒にお風呂に入って、歌も歌いました。蓉子さんは私の声はお母さんにそっくりだから合唱サークルに入って歌を練習したらいいと言ってくれました。

 ―カレーを食べる蓉子と真歌
 お風呂でふざける蓉子と真歌
 リビングに布団を敷いて一緒に寝る蓉子と真歌―

[真歌] その夜、私と蓉子さんはリビングに布団を敷いて一緒に寝ることにしました。子供は早く寝るものだからと蓉子さんは夜九時に一緒に布団に入ってくれました。

  ―布団の中で向かい合う蓉子と真歌―

[真歌] 蓉子お姉さんにとって、お母さんはどんな人だった?
[蓉子] 一番の大親友だったよ。
[真歌] へえ。
[蓉子] 大学の学部も一緒で合唱サークルも一緒だったよ。私がアルトで千歌はソプラノだった。ハモりの練習をする時は必ず千歌と組んでね、相性ピッタリだったの。卒業してからもずっと一緒だと思ってたんだ。千歌はいつも私の話を一生懸命聞いてくれて、私が落ち込んでる時も千歌は黙って私の愚痴を聞いてくれたんだ。

  ―涙ぐむ蓉子
  蓉子の頭を撫でてあげる真歌―

[真歌] 蓉子さんにとっても私のお母さんは大切な人でした。どうして蓉子さんが赤ちゃんだった私を育ててくれたのか、私はその時わかった気がしました。私達は昼間はしゃぎすぎたのか、すぐ眠りにつきました。

 ―ぼわっと燃えて消える火の玉―

[真歌] その夜、私と蓉子さんは不思議な夢を見ました。

 ―窓を開けて庭へ出る蓉子と真歌
 庭は広い花畑になっている
 蓉子と真歌は歩いている
 ぼわっと燃えて消える火の玉
 蓉子と真歌は花畑に座ってきれいな星空を見る―

[真歌] 私と蓉子さんは夢の中でお母さんに会いました。

 ―風が吹いてくる
 空の彼方を駆けていく流れ星
 炎と熱風が蓉子と真歌の頭上を通り過ぎる
 流れ星の轟音の中に混じって聞こえてくる千歌の歌声
 抱き合って流れ星が去っていく方を見る蓉子と真歌―

[真歌] その後、私達は足元に光る花が咲いているのを見つけました。大きくて白い百合の花に似ていました。百合はお母さんの好きな花でした。私と蓉子さんはその花から垂れる雫を手で掬い取りました。

 ―雫を飲み込む蓉子と真歌
 リビングの布団で寝ている蓉子と真歌―

[真歌] それから目が覚めました。私達は布団の上に寝ていました。私も蓉子さんも同じ夢を見ていました。蓉子さんは「千歌が私に真歌と蒼真先輩の家族になってほしいと言っていたのかもしれない」と言っていました。私もそう思いました。

 ―沢田家
 朝
 学校に行く準備をする真歌
 ネクタイを結んでいる蒼真
 朝ご飯の片付けをする蓉子―

[真歌] 蓉子さんはお父さんと正式に結婚してうちに戻ってきました。蓉子さんがお父さんとの子供を産んで、私には弟ができました。私達家族は今でもお母さんの命日にお祈りを続けています。私のお母さんが私達を見守ってくれているとずっと忘れないために。

 ―蒼真と蓉子と真歌と弟、そして千歌が写った家族写真―




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