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【連載】ヒーローは遅れてやってくる!! 第二十二話 カイロの夜

【前回までのあらすじ】
 セリグとの戦いが終わり、プラティマの解毒も成功した吉郎達は、捕虜にされていた人達を連れてカイロで一息つく。闇のパワーの届かない地下なら資源が残されている可能性があるとのマニサの指摘で、吉郎達は石油の採掘をし復興することを次の目標にする。

[第二十二話] カイロの夜

 それはある晩のことだった。
 吉郎達がカイロに住み着いて一週間が経つ頃、一人の老婆が夜更けに吉郎達の所にやって来た。
「ここまで何日も歩いてきてヘトヘトなんです。どうかここで休ませてくれませんか?」
 老婆はやせ細っていて、身につけている服もボロで白髪混じりの頭髪も汗でギトギトしていた。初めに老婆の応対をした人は偶然、眠れなくて夜の散歩をしていた。星も出ていない真夜中に、砂漠地帯の一角にある都市の廃墟には、当然生き物の気配はない。屋根のある所で眠っている人達以外には。そんな静かな夜に、その人は自分以外の足音を聞いて、震え上がりながら音がする方を見た。すると、おとぎ話にでも出てくるような薄汚い身なりの老婆がいた。その人は困惑して吉郎達を起こしに行った。
 真夜中だったが、多くの人が起き出してきて、老婆を取り囲んで会議になった。老婆はどこからどう見ても人畜無害なお婆さんにしか見えない。だが、世界中から集められてきた捕虜だった人達からしてみれば、こんなお婆さんがブラック・アルケミストの追撃を掻い潜って一人ぼっちで逃げ続けて来られたとは考えられない。この人は本当にただの老婆なのか? という疑念が浮上していた。
 ダシャ、マニサ、プラティマ、イラも起きてきて会議に参加していた。吉郎はまず皆の意見を聞きたいと言って黙っていた。
「私はおばあちゃんを見捨てるのは反対よ」
 プラティマは言った。
「でも、食料も何もないのに迎え入れたってどうしようもないよ」
 マニサは悩みつつそう言った。
「どこにいても死ぬのを待つだけだ」
 そう言うのはイラだった。
「見殺しにするのと最後まで一緒にいてあげるのでは違うよ」
 ダシャはイラの発言をたしなめた。
 老婆を迎え入れるのに反対の意見の方が多いような空気だった。誰でも年老いた老婆を見捨てるのは気が引ける。だが、本当に敵ではないという確証もないから、誰も老婆を迎え入れようと言い出せなかった。
「よし、わかった」
 吉郎が立ち上がった。
「皆の気持ちはわかるよ。敵に攻撃された時、戦力になる人間はほとんどいない。やっとこさ見つかった賞味期限切れの冷凍食品を残り少ないマッチでつけた貴重な火で温めて、一日に一人一口ずつしか食べてないんだ。少しずつだけど、弱って来てる人もいる。こんな時に何の役にも立たないし、もしかしたら敵が放った新たな刺客かもしれないばあちゃんを自分の隣で眠らせるなんてできっこないよな」
「吉郎、言い過ぎよ」
 ユキルが吉郎の話を遮ろうとしたが、吉郎はやめなかった。
「だからさ、俺がこのばあちゃんと一緒に寝ることにするよ。パワーボールを全員に行き渡るだけ作って自衛してもらうことはさすがの俺でもできない。ブラック・アルケミストに対抗できるのは俺しかいないんだ。万が一の時に俺が対処できるようにこのばあちゃんは俺のとこに案内する」
 というわけで、吉郎は老婆を自分が寝床にしている場所へ連れて行った。ダシャ達四人は吉郎と老婆を四方で取り囲み、一つずつパワーボールを持って待機することになった。会議がお開きになり、ワラワラと人々が自分の寝床に戻って行く。老婆は吉郎に礼を言って、静かに吉郎の後ろをついて来た。

 翌朝。
「何だこれ!」
 起きて広場に出てみると、吉郎は体中に謎の発疹ができた人達が集まっているのを目撃した。
「吉郎くん、これ見てもらえるか? 朝起きたら体中がブツブツしてとてもかゆいんだ」
 吉郎は話しかけてきた黒人のおじさんの腕を観察した、赤くて小さいブツブツが点々としていた。吉郎にはかすかにブラック・アルケミストのパワーを感じられた。
「ユキルもわかるか?」
「ブラック・アルケミストの仕業ね」
 被害に遭ったのは昨晩の会議に出席した人だけだった。かゆくて不快なだけで、熱が出たり気分が悪くなったりする症状はなかった。吉郎がパワーボールを軟膏のようにして腕に塗ってみたが、あまり効果はなかった。
「どんな攻撃なんだ、これは?」
 老婆が敵だったのではないかという疑いもあったが、それでは説明がつかないこともあった。吉郎、ユキル、ダシャ達四人は発疹が出ていないのだ。会議にも出席して、老婆のすぐ近くで眠っていた彼らだけ無事なのは説明がつかない。
「すぐあのお婆さんを追い出せ!」
「そうだ! これはあの婆さんの呪いだ!」
「どこかから病原菌を持ってきたんだ!」
 発疹が出て苛立っている人達が老婆に暴言を浴びせ始めた。吉郎とダシャ達四人はどうすべきか迷った。
 プラティマは老婆が見当たらないので探しに行こうとした。暴言を聞いて悲しくなって一人でどこかへ行ってしまわないかと心配になったのだ。マニサがプラティマに気付いて一緒に捜索する。
 老婆は遠く離れた高い建物の上階の窓際で広場の様子を見ていた。
「おばあちゃん! 安心して、私達は気にしてないから。それよりおばあちゃんは大丈夫? 発疹は出てない?」
「プラティマ、あまり近づくな。まだおばあちゃんが敵じゃないと断定したわけじゃない」
「でも、おばあちゃんを疑うなんてかわいそうよ」
「綺麗事言うなよ。ブラック・アルケミストが私達に何しようとしたか忘れたわけじゃないだろ?」
「でも……」
 プラティマとマニサが建物の下で押し問答していると、老婆はゆっくりと立ち上がって二人を見下ろして高笑いをした。年寄りとは思えないハリのある声だった。
「アッハッハッハ! お前ら面白いな! 僕が敵が味方かわからないって揉めてるのか? ん? そうなんだな? こんな時期にお前ら以外の生き残りがこの地球上にいるわけがないだろ! 僕はブラック・アルケミストのニキだ! お前らにイタズラしに来たんだよ!」
「プラティマ、伏せろ!」
 ニキはどす黒い闇を放出しながら地上に飛び降りた。キレイに着地する頃には老婆の姿ではなく、白塗りの男の子の人形のような姿になっていた。ニキは踊りながら広場に向かって行く。
「早く皆に知らせよう!」
「うん!」
 マニサとプラティマは一つずつもらったパワーボールを合体させてミニバイクを作った。マニサが運転してプラティマが後ろに乗り、二人は急いで広場に向かった。
「吉郎! 大変なの!」
「どうした! プラティマ!」
 マニサがミニバイクを急ブレーキで止めるとパワーボールは燃料切れになり、跨っていたマニサとプラティマを放り出して消えてしまった。マニサとプラティマは上手に着地して吉郎に駆け寄る。
「あのおばあちゃん、敵だった!」
「早く皆を避難させて!」
「ぱ、パワーボール、貸して!」
 ダシャとイラも集まってきた。吉郎は急いで二つパワーボールを作る。長旅と戦闘で吉郎の体力も落ちていたので、パワーボールを作るのにも時間がかかった。
「早く! 吉郎! 何やってるの!」
「俺だって頑張ってるよ!」
 そうこうしているうちにニキは広場に到着してしまった。楽しそうに踊りながら近づいてくるバレエ団の男の子のようなニキの姿が見えてきた。
「おやおや? お前らは逃げないのかい?」
「来ちゃったじゃないのよ!」
「もうグズなんだから!」
「そんな事言ったって!」
「私達は戦うためにここにいるのよ!」
 吉郎達がグダグダやっている横でダシャがニキの相手をする。
「戦う? 他人のパワーを盗んでるお前らが僕と?」
「それでもいいの。だってこのパワーボールはあなた達を倒せる最終手段だからね」
「まあいいや。僕の目的はイタズラするだけだから」
「皆の所には行かせない!」
「お前、僕の能力をわかってないね?」
「な、何よ」
「お前らは無傷なのに他の皆だけ発疹が出てるってことは、僕は遠隔で人を攻撃できるってことじゃん?」
「させない!」
「うりゃああああ!!」
 相変わらず、最初に飛び出したのはイラだった。ダシャがパワーボールを武器に変える前にイラとニキの決着がついた。
 一度負けたのが相当ショックだったのか、溜め込んでいたものを一気に吐き出すイラのパンチの威力は皆の想像を超えていた。
「お、お前ら……の……正体は……わかってるんだぞ……覚えて……ろ……」
 どす黒い闇がニキの体から抜け出して、ニキはその場に倒れた。
「終わったの!?」
 吉郎がやっとパワーボールを作り終わったところだった。
「遅い」
 イラはそれだけ言うと皆の所に行ってしまった。発疹は跡形もなく全員の体から消えていた。

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