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鱗と毛の話/『TENET』/まめちゃん/白金色の午さがり

11月11日~15日の日記です。

 11月11日。昼ごろ起床。蛇たちの水を換えようとして、ネコが脱皮していることに気づく。抜け殻は淡い琥珀色で、あっけないほど軽い。指でつまむとくしゃりと壊れる。
 生きものが好きで、たくさん飼育している。クロウリー(コロンビアレインボーボア)、ネコ(ブラックハウススネーク)、ニニ(猫)、ミナモ(猫)。蛇たちは飼い始めて一年以上経つ。最初にしっかり環境を整えれば、かれらを維持するのは比較的簡単だ。数日に一度の水換えと、週に一度の給餌。餌は冷凍マウスで、湯煎で解凍したあと専用のピンセットで与える。ハンドリングはほぼしない。蛇はひとにふれられるのを嫌う。大きなガラスケースの底に横たわって静かに呼吸する、むっちりと肥えた美しいからだを眺めているだけで、なんともいえない幸福な気分になる。
 蛇のケージがあるのとは別の部屋で、猫たちは暮らしている。秋の初めに人からもらいうけた。生後半年ほどの双子の兄妹で、それまで外で飼われていたせいで全くにんげんに慣れていない。とくに妹のニニはとくべつに臆病で、二ヶ月経った今も決して私の前に姿を現さない。ベッドの下を覗きこむと、白くてふわふわした影が一瞬だけよぎる。餌はちゃんと減っているし、夜中に水をのんでいる音もする。猫というより、猫の気配と暮らしている。
 夕方、映画『TENET テネット』を観にいく。初めてドルビーシネマをえらんで、音響の迫力と画面の鮮やかさにびっくりする。黒と青がくすみもなく冴えわたっていて、とてもきれいだった。彩度の高い世界で、仕立ての良いスーツを着てうっそりと微笑むロバート・パティンソンが、くらくらするほどかっこよかった。映画の内容については理解の深度が場面によってまばらで、それでも楽しかった。大勢の頭の良い人たちが何年もかけてつくりあげた巨大な建築物を、仕組みも構造もわからないまま、それでも圧倒されてぼんやり見上げている感じ。
 帰宅後、ほとぼりがさめないまま『インセプション』を観る。記録をみると、前に観たのは二〇一二年三月。印象的な場面はところどころ覚えていたけれど、やはり面白かった。悪役のいない話だったのか、と思う。夢を創造する過程――世界をつくって、建物を配置して、物語のゴールと筋を決めて――が小説を書く過程とよく似ている。居間に布団をはこんで映画を観ていたので、エンドロールで寝落ちする。

 11月14日。昨年ブンゲイファイトクラブでお世話になったマルカフェさんへ、ランチを戴きに伺う。一時間ほど電車に揺られ、こぢんまりとした御嶽山の駅舎を出た。すこし道に迷い、ほどなくかわいらしい看板を見つけてほっとする。マスターと中川マルカさんが笑顔で迎えてくださり、用意された席につく。カリモクのソファは家にあるものと同じ型で、ゆっくりきもちがほどけてゆく。眼前の巨大な窓の外は、いちめんのみどり。葉と葉のすきまから洩れたひかりが白壁に反射して、波のようにゆれる。ときおり鳥の声がひびき、また静まる。
 料理は総じて美しく、どれもほんとうにおいしかった。ちいさな「森」にも似た前菜、ひと粒ひと粒が舌の上でやさしく零れる子持ちししゃも、官能的なほどやわらかく濃厚な牡蠣の燻製、くったりと煮込まれたすね肉。あざやかな水色の平皿に美しく盛りつけられたデザート群は、極微の海上都市みたいだった。いただいたのみものは、グラスにそそがれた群青色のバタフライピー、ざくろとハイビスカスのハーブティー。
 食後、おふたりと登山と蛇についてお話しした。先日のnoteと、日記のことも。喋りながら、たしかにこれは本当の意味での日記ではないのだろうと思う。他者に読まれることを前提に言葉をえらび、できごとをえらんで、書いている。この文章はいったいなんだろう。行動記録、準小説、単なる文章群。紅茶をいただきながらぼんやり考えていると、まめちゃんとその恋人がやってくる。
 まめちゃんはチワワだ。はちみついろのちいさなからだ、ほそいあし、こぼれそうなくらい大きい瞳、手載りサイズの頭蓋骨、などで構成されている。チョコレート色のしなやかな恋人のあとをついてまわり、あしげにされても決してめげないつよいこころをもっている。二頭とも、うちの猫よりすばやく、よく走る。なんなんだこのいきものは。チワワだと頭ではわかっていても、かつてない愛らしさを前に心がおろおろしている。ほとんど途方に暮れながらもかれらの愛嬌をぞんぶんに享受し、夕方にお店を後にする。
 そのまま友だちの家に向かい、アニメ数本と、「世にも奇妙な物語」を観た。大竹しのぶの怪演に「生々しい」「ほんまにいそうよな」等と二人でどよめく。その後、先週のリベンジで吹替版の映画『オペラ座の怪人』を観る。「イル・ムート」でシャンデリアが落ちず、いつ落ちるのかとやきもきしていると、クライマックスの「ドン・ファン」でようやく落下して、「見せ場がラストに欲しかったんやろ」と納得する。五時前に就寝。

 11月15日。昼過ぎに目覚めて、布団でだらだらする。テレビでラーメンが紹介され、なんかラーメンの口になってきたな、ということで、支度して外に出る。からりと晴れていて、空も平らな青。建物の壁も街路樹も隣の友だちの金髪も、陽ざしを吸って白金色にひかっている。おいしい豚骨ラーメンをたべたあと、カラオケに行く。昨夜ボーカロイドの話をしたので、ボーカロイドの曲もうたった。どれも人間の声帯のためにつくられた音楽ではないのでしんどいけど楽しい。
 八時ごろに帰宅し、猫たちが散らかしたものを片づけ、植物に水をやる。ミナモと猫じゃらしでしばらく遊んでから、日記を書いている。零時過ぎに就寝予定。

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