雛倉さりえ

1995年生まれ。小説家です。 https://lit.link/en/3lie

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1995年生まれ。小説家です。 https://lit.link/en/3lie

最近の記事

含羞と遠慮ぶかさ/質量のある水平線/惑星みたいなシャンデリア/『ラッカは静かに虐殺されている』

 2月25日。7時半ごろ洗濯機の音で目が覚めたが、二度寝する。体を起こしたのは9時過ぎ。台所に降りて鍋で玄米を炊き、具沢山の味噌汁をつくる。納豆と辛子明太子、はちみつ梅干し。松本で暮らしはじめてから、これらを毎朝かならずたべている。実家にいたころ、朝はありものや冷凍食品などで適当に済ませていた。食に興味がないと自分では思っていたけれど、あたらしい生活が始まったとたん、衣食住を善くしてゆきたいという欲求が湧いてきて驚いている。  隣室の住人が起きてきて、ぎごちなくあいさつを交わ

    • つぎに住む街のこと。2

       十二月の初めに、部屋さがしのため松本を訪れた。引っ越すなら一月だと、あらかじめ決めていた。不動産屋の繁忙期を避けたかったのと、長野の寒さをまず体感してみたかったからだ。  五回ほど引っ越しの経験があるため、優先項目はあるていど固まっていた。バストイレ別、八畳以上、角部屋、そして日あたりの良さ。せっかく松本に住むのだから、山が見える部屋だったら嬉しいなと思ったけれど、考えすぎるのもよくないな、とも思った。事前にいくら想像しても、実際にその部屋に足を踏み入れた瞬間にしかわからな

      • VTuberたち/透明な寒さ/赦すわけでも、赦さないわけでもなく/イヴくん

         11月11日。午前10時起床。このところ体調を崩していたけれど、今日は調子が良い。布団のなかでInstagramとXを30分ほど眺めてからベッドを出る。テレビに推しのVTuberの切り抜き動画を映しながら、朝食のチーズドリアを食べた。  数ヶ月前まで、まさか自分がVTuberに夢中になるとは思っていなかった。存在はもちろん前々から知っていたけれど、みんな元気が良いなあという程度の認識だった。活気のある若い人の声が一度にたくさん聞こえると、情報量が多すぎるというか、心臓がそわ

        • つぎに住む街のこと。

           つぎに住む街をさがしている。  滋賀の実家に戻ってきたのは今年の二月だ。関東で得たものすべてを関東で失くし、ひとりで戻ってきた。学生時代の自室はひどく狭く、代わりに居間を使わせてもらうことになった。庭の木蓮の葉に濾されて射すあかるい陽ざし、曲線と花の紋様が刻まれたチョコレート色の壁紙、六つの硝子球から成る小ぶりのシャンデリア。年季の入った洋室で、半年とすこしのあいだ過ごしてきた。  居心地は悪くないけれど、ここは仮の場所なのだという意識がずっとあった。自分の選んだ街で、自分

        含羞と遠慮ぶかさ/質量のある水平線/惑星みたいなシャンデリア/『ラッカは静かに虐殺されている』

          デビュー10年の小説家が、初めて文学フリマに出店した話。

           9月10日。七時起床。前日は早めに寝たので八時間は眠っていたはずだが、頭が重く吐き気がする。やはり朝は苦手だと思いながら、最近ずっと観ている『ジェレミー・クラークソン 農家になる』を横目に支度する。薄灰色のコンタクトレンズにblue-mayの銀色ビーズのピアス、shimmerで購入したオーガンジー素材の黒のチャイナトップス、歩きやすいように足元はHARUTAのスポックシューズ。  もう九月だけど念のため、とNARSのファンデーションの下にアネッサの日焼け止めジェルを仕込んで

          デビュー10年の小説家が、初めて文学フリマに出店した話。

          文学フリマ大阪11について

           先日投稿したnoteの通り、Twitterが使えなくなってしまった。文学フリマの宣伝のかなめだと思っていたため一時は本気で諦めかけたが、周りのひとたちに励ましてもらい、出店することにした。  一冊も売れなかったら……と思うと不安で仕方ないが、文学が好きな人たちが集まる会場の、熱や空気を味わいにゆくと思えばそれもいいのかもしれない。  以前に出した同人誌『呼吸する街』に加え、今回はこのnoteで掲載していた日記をまとめた新刊『日々の泥』も持っていきます。価格は2種とも1,0

          文学フリマ大阪11について

          掌編『睡蓮』

          第6回 阿波しらさぎ文学賞 最終選考落選作です。  真珠母いろの雲がちぎれながら空を飛びかう風のつよい夜明け、今日は美術館に出かけようとクヅは決め、親友のハダエにそう告げる。身をよじらせて同意を示したハダエと手をつなぎ、クヅは客室を出て廊下を進み、一階のロビーへ向かった。  壁一面の硝子窓から射す朝陽が、褪せて毛羽立った絨毯や綿のあふれたソファを燦々と照らしている。窓の外にひろがる海は淡いみどり色に凪いでいて、海上にそびえる巨大な白い鉄柱の周りには、海鳥が円を描いて群れてい

          掌編『睡蓮』

          Twitterをやめたところで/ピーナッツくん/夏の夜の10時半/すこし先のことを考えている時間ばかりが幸福

           8月14日。午前九時半起床。毎晩、似たような夢をみる。Twitterのアカウントが復活する夢だ。9日にログインしようとしたところ、パスワードが短いので変更しなければログインできない旨を通達されたが、変更用の認証コードがいつまで経っても届かない。問い合わせは行っているがいまだ芳しい返事はなく、途方に暮れている。直近で困るのは、文学フリマの宣伝ができないことだ。もとより集客に不安は感じていたが、今回の件でさらに自信がなくなってしまった。当日まで精神不安定な日々が続くよりは、機会

          Twitterをやめたところで/ピーナッツくん/夏の夜の10時半/すこし先のことを考えている時間ばかりが幸福

          石垣島旅行記Ⅲ

           4月10日。朝いちばんでバイクを返しに行く。港へむかう途中、桃林寺に立ち寄った。寺院の美しさはもちろん、そばにしつらえられた枯山水の琉球庭園に惹かれた。珊瑚の石垣に、蔓性植物や蘇鉄などが烈しく繁茂している。庭園というより、ちいさな森のようだった。  竹富島行きのチケットを買い、小型船に乗りこんだ。10分ほどで到着し、まずは村の中心部へ。白い砂に坐りこむ水牛、石垣からあふれこぼれる鮮やかなブーゲンビリア、宙で赤く燃えるデイゴの花。村をつっきり、星砂で知られるカイジ浜へ。透き

          石垣島旅行記Ⅲ

          石垣島旅行記Ⅱ

           4月8日。くもりときどき晴れ。5時半起床。身支度を済ませ、バイクで東崎へ。とにかく風がつよい。空は昨日とおなじ鉛いろで、のぼりかけの太陽の光で雲のふちがほんのり赤らんでいる。灯台の下で、馬たちがのったりと草を食んでいた。ごわついた毛並み。伏せられた長い睫毛。うつくしい生きものだ、としみじみ思う。かれらに会うためはるばるこの地にやってきた、という記憶ができてよかった。この先苦しいことがあっても、「あの静かな場所で馬たちはいまも草をたべつづけている」とおもうだけで、楽になる気が

          石垣島旅行記Ⅱ

          石垣島旅行記Ⅰ

           4月6日。8時半起床。旅行当日は決まって早く目が覚める。朝食と洗顔を済ませ、服を着替える。ゆったりしたハイネックの黒のブラウス、ワイドパンツ、oofosのサンダル。THE NORTH FACEのHot ShotにHAYのグリーンのトート、ユニクロのバケットハット、サングラス。いかにも、これから南の方へむかいます、という格好で電車に乗り、関空へ向かう。初めて訪れた第二ターミナルは、だだっぴろい倉庫のようだった。関西空港は国外線しか使ったことがなかったので、存外簡素なつくりに拍

          石垣島旅行記Ⅰ

          天国の畑/ビトウィーン・ザ・シーツ/一つの昏い王国/『迷宮遊覧飛行』

           4月5日。午前10時起床。3時ごろまで夜更かしをしていた。今後の収入と支出、将来の資産形成について考えはじめたら止まらなくなり、Excelで計画表をまとめてようやく落ち着いた。この先のことを考えると、ときどきいてもたってもいられないきもちになる。去年のいまごろは現在の生活を想像することもできなかったように、今から一年後、いや半年後のことも判然としない。あれこれ心配しても仕方のないことだとはわかっている。わかっていてなお、くよくよと詮なく思い悩む。  録画していた昔のブラタモ

          天国の畑/ビトウィーン・ザ・シーツ/一つの昏い王国/『迷宮遊覧飛行』

          『第三夫人と髪飾り』『天使と悪魔』『夜と霧』『供述によるとペレイラは……』『都市とモードのビデオノート』『都会のアリス』

          1月30日~2月5日の鑑賞記録です。 『第三夫人と髪飾り』 アッシュ・メイフェア  十九世紀頃の北ベトナム、絹糸の産地の村に十四歳で嫁いできた少女の日々が描かれる。男児を生むことが女性のなによりのつとめとされる世界。おそらくふたまわりほども歳の離れた夫は、初夜、なまたまごを少女の臍のうえにおとしてすする。  とにかく水の描写が多い。水盤の水面、血、粘液、泥。豪奢な装飾が施された屋敷と精緻な庭を、絹のドレスをまとった少女たちが駆けぬける。植物はあおくみずみずしく生長し、花々

          『第三夫人と髪飾り』『天使と悪魔』『夜と霧』『供述によるとペレイラは……』『都市とモードのビデオノート』『都会のアリス』

          『神々の山嶺』『岸辺露伴は動かない』

          1月11日~1月20日の鑑賞記録です。 『神々の山嶺』 パトリック・インバート  最近「狂気山脈」というTRPGの動画を観た。昨年も『MERU/メルー』『エベレスト』『フリーソロ』を鑑賞しているので、自分の中で登山系映像作品がふんわり流行しているらしい。本作も劇場で観たいと思っていたが行けずじまいで、いつのまにか配信されていたためさっそく鑑賞。  夢枕獏原作のアニメ映画である。作中に『鉄コン筋クリート』の資料集が映っていたため系列の製作会社かと思っていたが、フランスでつく

          『神々の山嶺』『岸辺露伴は動かない』

          『コープスブライド』『香水』『人類遺産』『黒い美術館』『ダゲール街の人々』

             今年はなにかあたらしいことを継続してみたいと思い、読書日記をつけることにした。ぜんぶ書くと疲れるので、感想を書きたいと思った作品のみ。映画も含みます。ゆるゆると続けていきたい。 1月1日~1月10日 『ティム・バートンのコープスブライド』 ティム・バートン  全編ストップモーションで撮られた映画。青灰色の陰鬱とした此岸と、いろあざやかな絵の具で塗りたくられた彼岸。ワヤン・クリと呼ばれるインドネシアの影絵芝居を思い出した。白い幕の向こう側でランプに照らされた人形はそ

          『コープスブライド』『香水』『人類遺産』『黒い美術館』『ダゲール街の人々』

          『遊覧日記』/洗練された洞窟/クラリティ/苦しむことで遊んでいる

           11月27日。朝7時起床。昨日就寝したのは11時。最近、早寝早起きが習慣づいてきた。三時過ぎに寝て昼ごろ起きる生活を変えたい、と思ったのは、iPhoneのスクリーンタイムを設定したのがきっかけだった。なんだかスマホをさわりすぎている気がすると思い設定してみたら、一日七時間ほどスクリーンを見ていることが判明し、慄然とした。なんということだろう。七時間あれば、映画を二本観られる。本も余分に一冊読了できる。生活改革に取り組むことを即座に決め、まずは就寝前と起床時にさわることのでき

          『遊覧日記』/洗練された洞窟/クラリティ/苦しむことで遊んでいる