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【短編】バトン11

第十話はこちらから

第十一話 

地元の盆踊りを毎年1人で見に行っていた。
父は仕事でいなかったし、頼れる大人は誰一人いないし、友達を作るのも苦手な僕は必然的に1人で見に行くしかなかった。

祭囃子がまあまあ好きだったし、いつもは誰も寄り付かない神社に人がたくさんいるのも、面白いと思っていた。

櫓で太鼓を叩く人を眺めてから、周りで踊る人を見る。みんなの手の動きとか、着ている浴衣とか。ずっと眺めて、それから出店を見て。

焼きそばおおはしの焼きそばばいつも不味そうで絶対に買わなかった。
その隣のお好み焼きやさんのおばさんは優しくて、僕が子どもなのに1人でいるからって、お好み焼きを買ったら飴をくれた。誰かに自慢したくなったけど、自慢する人がいない。
「うちのも買ってけ。」
暇そうにしていた焼きそばおおはしのおじさんに声をかけられた。
「いりません。」
僕は端的に物事を断るのが得意だった。
「ひと口食ったら病みつきだ。」
全然美味しくなさそうなのに、なんでそんなに自信があるんだろう。
「いりません。」
もう一度そう言って断って神社のベンチでお好み焼きを食べながら、終わらない盆踊りをずっと眺めていた。


神社の境内で今年も盆踊りの準備が始まっている。
出店の準備が始まる中、気の早い店が商売を始めていて、金魚掬いで子供が何人か騒ぎながらポイを水に潜らせている。

「杉崎くん悪いね、こんなこと頼んで。」
セフレの彼氏である江藤さんの手伝いをする羽目になった僕は、焼そばおおはしのテントを組み立てていた。
「人手不足で、俺までこんなことしなきゃいけないなんてね。」
江藤さんは江藤設計の会長の孫で上田興業にいる。大橋組の焼きそばおおはしは、グループぐるみの趣味とかで江藤さんが駆り出されて、僕はアルバイトで雇われた。
ていうか、この繋がりは仕組まれた設定にしか思えないんだけど。
「別にいいんだけど……ここの焼きそば、食べたことある?」
「え?ないよ。わざわざ不味いもの食べないよね。」
「……望まれてないのに、なんでやるわけ?」
「麻衣の父親の趣味だろう。」
「へえ。」
「地域貢献だ。」
「だったら、不味いもん売るなっつーの。」
上田興業の社長がセフレの父親だ。
僕はとんでもない女の子をセフレにしたもんだと我ながら自分のくじ運の無さに驚いた。

「ねえ、知ってる?」
「え?」
「麻友、明日、誕生日だって。」
「……どうでもいい。僕には関係ない。」
「冷たいね。やることやって終わり?」
「なんかあげた方がいいの?誕生日なんかさ、勝手に生まれてきたんだから僕がなんかしなきゃいけないなんて決まりはないよね?それより、江藤さんがプロポーズでもしてあげたら?喜ぶんじゃないの?」
「それは、負け惜しみ?」
頭にくるから、口をきくのをやめた。麻友を一瞬でも好きだった自分が嫌になる。
麻友は一応社長令嬢、江藤さんは一応御曹司。
僕は、…なんだろう。大学生、ただの。
黙々とテントを立てても、気持ちがモヤモヤする。

ガス台に設置した鉄板に火を入れて油を敷いた。
なぜ、焼きそばが美味しくできないのか追求してやろうと思う。
江藤はニヤリと笑う。
「何?焼きそば作るの?」
僕は無視して、豚肉とキャベツを焼いた。麺を焼いて混ぜて合わせてソースをかける。
鉄板焼きにするとなんだって美味いはず。
紙皿に盛り付けて江藤に渡した。
「誰に教えてもらったの?
見た目も美味そうだ。焼きそば屋になれば?」
誰にも頼れなかったからご飯はいつも大体自分で作ってきたから大体はできる。自分の作った焼きそばはやっぱり美味しい。でも、
「焼きそば屋にはならない。」
「賢明だな。」
江藤さんがタバコを吸い始める。無理やり着せられたような、ロゴTから見える腕は思ったよりがっちりしていて刺青が見えた。
「もうちょっと、袖長くしてもらったら良かったのに。」
「あ?」
「それ。」
刺青を指差すと、ふっと笑う。
「隠れ蓑って、いつか剥がされんだよな。」
「え?」
「黙ってるつもりだったけど、…君が思う通りだ」
「へえ。」
バイト代をもらうのは、やめておいた方がいいような気がする。
「麻衣は…俺より君の方が好きだよ。抱いてる時にさ、君の名前呼ぶんだ。」
「…僕のせいじゃありませんよ。」
「麻友と俺はいずれ結婚するよ。寂しい?君は?」
「別に…。セフレなんか、作るの簡単だし。麻友以外にもあと3人いるし。」
嘘だ。ただ、僕は最低な男になりたいと思った。
「強がるなよ。ガキ。」
強がりなんだろうか。僕は、たぶん誰かをちゃんと愛したことなんかないから、別に他人のことなどどうでもいいだけだ。

「家柄とか血筋とか、結局、そんなことで一生も決まってしまうんだよ。品性良く見えてもね。何も隠せない。俺は結局、そう言う生き方になっちゃってるからさ。」
江藤さんの身の上話なんか、僕にはどうだってよかった。江藤さんは自分の腕に目を落とす。
「任侠映画みたいだよな。麻友も俺も結局、全部決まってるんだ。君は、そういう意味じゃ自由なんだろ?」
「まあ。僕、一般人だし。」
「…なんなんだろうな、俺たち。」
「知らない。」
自分たちのしてることを変えられない運命みたいに悲哀の表情を見せる。

大橋組は昔はかなりの幅を利かせていたらしい。建設業界に滑り込んだのは10年ほど前のこと。上田興業と江藤設計は枝分かれして大きくなったが、根底は変わらない。

今村くんから、その話を聞かされたけど、僕にはただ遠い世界の出来事。
江藤さんも麻友も反社であれ、だからなんだって話。僕には関係ない。いざとなったらすぐ縁を切ればいい。

「江藤さん。」
「ん?」
「この前の夏祭りで、ここで発砲事件あったんだよ。ニュースにはなってないけどさ。」
「知らねーな。」
「撃たれたの今村って言う公務員。」
「今村…。」
「死んだんだ。僕の友達だったんだ。」
僕は淡々と言った。
嘘を言った。

「笑っちゃうな。本当、映画みたいで。その時に聞いた声、江藤さんに似てる。なんでかな。」
「君、何言ってんだ?」
「僕、預かったよ、300万円。」
「お前、全部知ってんのか?」
「あと、友だちのお兄さんもいなくなっちゃってる。亜島大輔って。知らない?」
「おい、黙れ。」

包丁の先が僕に向く。
「いいの?人前だよ?」
「お前なんなんだよ。」
「頭に来てるんだよ。腹が立ってるほうが、正しいかもね。僕は僕の友だち返して欲しいの。わかる?」
僕はただ、今村くんと亜島さんを怪我させた人間に対して腹が立っている。ずっと、ずっとそう。

紙皿にはさっき渡した焼きそばが、手付かずの状態でそこにある。
「ま、江藤さんは、それより…焼きそば食べてよ。」
「いらねーよ。」
「なんで?ひと口食べたら病みつきだよ。」
「いらねーっつってんだよ!」
焼きそばを地面に叩きつける江藤が滑稽だった。

櫓に太鼓が運ばれる。
「ねえ、盆踊りって、誰のためのダンスなわけ?
覚えてるよね?2年前のこと。亜島大輔は死んだわけ?死んだなら呼び戻そうよ。」
大太鼓、締め太鼓、試し打ちが始まった。

「お前、なんなんだよ!」
雷の音のように太鼓の音がうねりをあげ始めた。

バトン11  20220522 
バトン12に続く

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#ホンブダイゴさんの写真お借りしました

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