【短編】嫌いな冬の好きなとこ 約3000字

誰でもない誰かの話

冬が嫌いだ。
毎年思う。なんで冬なんかあるんだって。朝ベッドから出たくないし、夜、お風呂に入るまでにも時間がかかる。だから、いつも結果夜更かし、結果二度寝で、冬はコンディションが悪い。営業職のため、不機嫌でいるわけにもいかず、なんとかモチベーションを上げている状態だ。

「うわ、…小銭がないよ!!」
営業車を停めたコインパーキングは、小銭しか受け付けなかった。なんて今どき珍しいんだ。
「ついてないですねえ、井沼田さん。」
そういうのは後輩の山崎。
「山崎、小銭ないの?」
「ああ、僕PayPay派で。現金持たないんですよ。」
PayPayのないお店で路頭に迷えと呪いをかける。
コインパーキングの横には大体自販機があって、凍りついた手で、自販機に千円を吸い込ませる。
「山崎、何飲む?」
「え?」
「奢ってやるから好きなの飲めよ。」
「優しいですね。後で仕事押し付けるんですか?」
「寒いから早くしろって。」
「いただきまーす。」
山崎が選んだのは広口缶のコンポタだった。取り出し口からコンポタをつかむと
「あーったけー。」
なんて、学生みたいにはしゃいでいる。こういうヤツは、だいたいかわいいと思われて、上手いこと仕事を取って来たりする。
「井沼田さんは?何飲むんですか?」
“あったかーい”の缶コーヒーに手を伸ばそうとした。
「押してあげましょうか?」
「バカなのか?自分で選ぶ…あ!」
勝手にコンポタを押された。
「はい、どうぞ。」
こういう余計なお世話が俺は好きじゃない。
「あったかいですよ。」
「そりゃ、そうだろうけど。」
山崎は、蓋を開けてコンポタを飲む。
「うまー。」
先輩より先に飲むなよ。俺はしばらく手を温めてから蓋を開けて飲んだ。
「…美味い。」
「僕、冬嫌いなんですけど。自販機のコンポタ飲む瞬間は、体が冷え冷えじゃないとって思ってて。」
確かに体が冷えてる分、この温かさが染みるっていうか。
「あったまるわあー。」
「そうだな。」
駐車場で缶のコンポタ飲むのは、冬の風物詩みたいでなんか良いかもな。
「てか、車乗ってから飲めよ。」
「井沼田さんだって。」
「帰るぞ。」
自販機の横のゴミ箱に缶を入れた。

運転席に乗るのが俺で助手席に乗るのが山崎で山崎は口から出て来たようにおしゃべりが大好きだ。
「井沼田さん、今年おでん食べました?」
「おでん?」
スーパーでおでんのタネを見て、やっぱり冬なんだなって思ったくらいで、食べてはいなかった。
「まだ食べてない。」
「好きなのなんですか?」
「え?」
頭の中におでんのタネを思い浮かべた。
だいこん、たまご、しらたき、はんぺん、がんもどき、ごぼう揚げ、ウインナー揚げ、タコ揚げ、つみれ、ロールキャベツ、牛すじ、焼きちくわ、ちくわぶ、餅巾着、結びこんぶ…。
「あー…うーん。悩むなあ。」
「カラシはつけますか?」
「カラシは欲しいな。」
「味噌ダレは?」
「うーん。あんまりつけないかな。」
「うどんは?」
「うどん?」
「うどんです。」
「うどん、入れるのか?」
「あ、卵最後に食べますか?」
「それ、いつでも良いだろ?」
「えー。僕は、はんぺん食べて、がんもどき、大根いっての、イカ揚げ、白滝いって、最後に卵です。うどん入れた時は、うどんいってから、卵です。」
「餅巾着は?」
「あ、僕、餅嫌いなんで。」
おでんは餅巾着だろ!
出汁のしみた油揚げに包まれた溶けかけの餅を熱々のところをハフハフして食べてこそのおでんだろ。
「焼きちくわは?焼きちくわはどうした?」
「焼きちくわ?いや、なーんか、はまんなかったっすね。」
コイツ、おでんの話題ふってきといて何もわかっちゃいない!
煮物料理を得意とする焼きちくわは、まさにおでんの定番。
空洞になった焼き目に出汁が潜り込むのもその魅力だが、ちくわと焼きちくわの大きな違いは使っている魚にある。イトヨリダイやスケソウダラに加え、ホッケ、アジ、サメが使われ、煮込むほどに味が滲み出る。
「こんぶは?」
「井沼田さん、変わったとこ攻めるんですね。こんぶは嫌いじゃないけどなくても困りません」
おいおい、おでんの結びこんぶは出汁も取れる万能役者なんだぞ?なくても困らないなんておでん好きの風上、いや、風下にもおけないやつだ!
「井沼田さん、なんか…怒ってます?」
「いや、別に。」
「あ、で?たまごはいつ食べます?」
「食べたい時に食べる。山崎はなんで最後なんだ?」
「最後に食べないと、つゆが卵の黄身で濁っちゃうからです。」
「あー…確かにな。ん?コンビニおでん派か?」
「そうなんですよ。今日の夜おでんにしようかなあ」
なるほど、好きなものしか目に入らないコンビニおでんしか食べてなかったらそうなるか。
「山崎は一人暮らしだっけ…。」
「はい、まあ。え?どっか連れてってくれるんですか?」
誘ってもらえると思うなんて今どき珍しいヤツだ。
「期待するな、そんなこと。」


山崎とおでんの話をしたせいで、おでんが食べたくなる。
でも、晩飯のおかずを決めるのは俺じゃないし、たぶんクリームシチューとか子どもたちが好きなメニューが今日も待ってるんだろう。たまに変化球でトマト鍋とかスンドゥブチゲとかそういうのになったりもするんだよな。だけど、不満はない。作ってもらえるだけありがたい。一人暮らしでコンビニおでんの山崎に比べたら俺は幸せ…。

…おでん、コンビニでも羨ましいかも。

玄関を開けて家に入る。いつも通りの我が家のにおい。洗面所で手を洗ってリビングに向かう。
「ただいま。」
「おかえり。」
食卓に土鍋。ああこれは、鍋か。良いじゃないか。幸せだ。白菜に椎茸に鶏肉団子と鶏肉と…。晩酌は、ビールでいいか。
「ねえ聞いてよ。今日、サトルがアルバイトの友だちと夕飯食べるって言ってて。カズキは、友だちの家に泊まるって言ってて。」
「いいだろ、それくらい…。」
子どもは双子で、高校1年生だ。だんだんそういう年になってきた。
リビングを通り過ぎて寝室へ。スーツを片付けて着替える。
リビングに戻って、炊飯器から俺と妻のご飯を茶碗によそう。お味噌汁は妻が用意する。
お味噌汁は具沢山でこれだけでこの人の凄さが伺える。俺がおかずに注文をつけるなんて贅沢にも程がある。席に座って土鍋に目をやった。

「じゃあ、食べようか。」

妻が土鍋の蓋を開ける。

「今日は、うるさい双子もいないから、おでんにしましたー。」
忘れていたけど、うちの双子はおでんがあまり好きじゃない。おでんじゃご飯が進まないというのだ。これほどのおかずはないだろうと俺は思うのに。
土鍋の中には大根、卵、結びこんぶ、白滝、焼きちくわ、がんもどき、イカ揚げ、ごぼう揚げ、はんぺん…餅巾着だけは少し多めに入っていた。俺も妻も餅巾着が1番好きだ。
「今年も、おでん解禁ー。」
妻が声を弾ませている。
「はは。」
「ずっと、食べたかったんだよね。冬はやっぱりおでんじゃん。ねえ?」
「そうだな。俺、今日おでんが食べたかった。」
「良かったあー。」
妻がIHの鍋の中から徳利を取り出してお猪口を2つ並べた。

缶ビールのプルタブを開けてなくて良かったと思った。

「おでんには、熱燗だよな。」
「ね。」

久しぶりに2人で晩酌をした。

今日は寒かったよね。
なんて喋りながら熱々のおでんを頬張るのは嫌いな冬の好きなとこ。


#短編小説 #おでん #コンポタ #冬 #家族
#24時さんのおでんお借りしました  感謝

【おでん解禁】2022.11.06







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