自転車のおじさん

小学3年生の頃、相変わらずスピード狂だったわたしには
秘密の道探しにも精を出し始めた。
近所のおばあさんが歩いて踏みしめて道にしたんだろうなぁくらいの、人間ひとり分幅の坂道を自転車で駆け下りるので、
下手したらハンドルを取られてひっくり返ってそのまま転げ落ちてしまうかもしれない危険なことをしていた。

何も知らずに自分自身とオフロードレースしてたわけです。

赤ちゃんの頃と大きく違うのは、ブレーキングに磨きをかけ始めたというところです。
ブレーキのない三輪車とはわけが違う。
ただのスピード狂ではなく運転技術(バランス感覚)の向上を目指していたので、坂道の途中で足をつかずに止まってみたりもしていた。
山のてっぺんの同級生の家の裏とか、そら豆のニオイがする同級生(大人になってからクイズ番組に出てて驚いた)の家の脇とか、
ひょっとしたら敷地内に侵入してるかもしれないし当人たちすら通ってなさそうな道らしきところに誰にも教えず一人で行っていたので、
もしかしたらわたしは変な子だったのかもしれない。
そら豆のニオイってのは可哀想かもしれないけど、
山のてっぺんの子の弟は大人になってから我が家横の駐車場の陰で彼女とSEXしてて丸聞こえだったのでまぁいいよね。
真夏の夜だったので彼女のお股やお尻が心配になってしまって虫除けスプレー貸してあげようかと思ったわ。
彼がぶら下げた鍵の束の音もカチャンカチャン響き渡っていたのは記憶に新しい。
言うても13年ほど前だけど。

そんなことはどうでもいい。

ある日、秘密の坂道に行く途中の人間ふたり分くらいの道でエメラルドグリーンのママチャリに乗った小さいおじさんに追い越された。
(妖精ではなく実在するおじさんです)

気配を消して近付いてきてスッと追い抜く小さいおじさんにちょっと嫉妬した。

その日から小さいオッサンは待ち伏せしていたかのように毎日わたしの後ろから現れて走り去っていく。
半径500m圏内のどこかで必ずわたしを追い越す。
逆に待ち伏せして競争してやろうと挑んだらあっさり負けて、
その後小さいオッサンは追い越したあと振り返ってニヤっとするようになってイラッとした。
そのうちチリンチリン鳴らして追い越していくようになったので嫌気がさして無視することにした。

それを察したのか、オッサンが現れなくなった。
居なくなったら居なくなったで気になるわたしもまだまだ甘いなと思いながらもつい捜してしまう2週間ほどを過ごした頃、
突如現れたオッサンは前より濃い普通の緑色のママチャリに跨って半笑いでわたしを追い抜いて行った。
なんだかスピードアップしてるようにも感じる。
でもママチャリ。
自転車も顔もピカピカしていたけど、エメラルドグリーンではなくなっただけでイラッと感がなくなったのでどうでもいい存在になった。
おっさん今日も走ってるな~としか思わなくなった。

中学生になってからはうちの父が  “ 赤いジャージで自転車に乗った変なおじさん ”  として目撃されるようになった。
祖母宅のお向かいの同級生がうちの父であると気付き、
しょっちゅう『昨日も梨沙ちゃんのお父さんが自転車で走ってるの見たよ』と言われた。
父は髪の毛が長かったりもしたので完全に変なオッサンとして言われてたとは思うけど、
小学生の頃にイエス・キリストみたいとか散々言われてたので特に気にすることもなく、
  あぁそうなん?楽しそうにしてた?と返す感じ。
同級生曰く、いつも楽しそうに走っていたらしい。

そんな頃 母はお昼休憩に合わせて車で校舎の下まで入ってきてわたしにお弁当を届けてくれていたので、
(早起きは嫌みたい)
中学校内の多くの人が我が両親を認識していたと思う。

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