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妙齢のひとりごと(大人になること)

かつての私にとって40歳以上の人はすごくしっかりとした大人だった。その年齢を超えた今精神的に大人になりきれているのかわからない。

大きい人と書いて「大人」と読む。肉体的には間違いなく大きいし(むしろ贅肉をとり小さくなりたい)、内臓もある程度の年数を使っているので疲労気味で人間ドックで引っかかることが多い。精神的な部分は数値化できないので実際のところはわからないが、大人になりすぎてしまった部分と、大人になりきれない部分の両方が混在しているような気がする。

大人になりすぎた私

先日心が壊れそうになって、チョコレートのやけ食いをした。何かがあったわけではない。むしろ「幸せ」が故にほんの少し針の先で刺したような痛みを感じただけで、自分の中に不安という大きな虚像が出来上がってしまった。

そしてそのチョコレートを食べながら泣いた。

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冷静になってみると泣きながらチョコレートをやけ食いするなんて大人がやることではないと思う。またお酒が飲めたらまた違っていたかもしれない。チョコレートでは酔えないどころか、空きっ腹に食べたためその後胃痛と気持ち悪さで眠れないというダブルパンチ。しかもダイエット中なのにこんなに食べた罪悪感も重なり後悔しかなかった。

どうして幸せを「幸せ」として捉えられないのだろうか。失った時の苦しみを、そして永遠に続くものではないことをかつての経験から知っているからなのだろう。

誰もが「幸せ」という見えないものを求めて生きている。ただ「夢」を叶えることがそうとも限らず、その「夢」を諦め期待をしないこと、波風立てず空気を読み穏やかな時間を求めることもそうかもしれない。私はもしかすると後者を「幸せ」と感じていたのかもしれない。

そんな私はどこか大人になりすぎてしまったのだろう。

大人になりきれなかった私

食べ物の好き嫌いが多く小学生が好むメニューでないと食べられないとか、プリンやチョコレートなどのお菓子を主食にするなど、どう考えても大人ではない。20代に負けないと美容や服装などを勝手に競ってみたりとどう考えても大人げない。とはいっても年齢を重ねることに関して否定していないし、今の私が一番最高だと思っている。

あと、私はある部分において大人になりきれなかった。理性では大人にならなくてはいけないと思っていても、心では理解できないことがある。

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ただ、それを理解できることが大人であるならば、私は大人になりきれなくてよかったと思う。

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森本しおりさん作
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【愛称:ひな姉】  あらしろひなこ(新城日向子)です。主に大人のエッセイやコラムを書いてます。 会社員、一応元リケジョ(リケジョ成分低め)。◆キナリ杯 特別リスペクト賞「読みたいことを、書けばいい賞」受賞

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