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「自分の国を捨ててまで結婚するんでしょ、すごいよね」


最近は、#国際結婚 海外生活タグを検索すれば、世界各国で結婚生活を送る日本人を簡単に見つけられるし、それに付随した面白い漫画やブログ投稿が本当に沢山ありますね。
世の中はますます多様性が加わって、以前に比べて国際結婚や海外移住なんて全然珍しくなくなってきている感じがします。(とはいっても外から見るのと行動するとではえらい違いなのですが)

私は小学校2年生から生意気にも洋楽ばかり聞いていて、外国へのあこがれもあり、いつか英語圏で暮らしてみたいと漠然と想っていました。
中学の時には、マイケル・ジャクソンが好きすぎるあまり、
「L.A.に行って通訳になる!そしてアメリカ人と結婚する!」
と意気揚々と父親に向かって宣言したこともありました。短絡的すぎる私のセリフを聞いて、豆鉄砲を食らったような父の表情は今も忘れません。
そんな少女時代でしたので、周りの友人にはリチアはきっと英語圏に行きそうだねと思われていました。実際には日本から4時間足らずの台湾に行くことになったわけですが。
そんな感じの私が職場に結婚を報告した時、タイトルのような事を元同僚にいわれました。

単に遠いところにお嫁に行く感覚だったので、国際結婚=自国を捨てるなんて気持ちは自分には微塵もありません。むしろ、いつの時代の話やねん。
あっ、もしかしたら、日本人同士の結婚ですら大事だから、外国の人と結婚するなんて激アツな大恋愛に違いない!と何気なしに言っただけかもしれません。なんたって日本と台湾を数回行き来しただけ、1年足らずでスピード結婚に至った私ですから。

では、実際に同僚が思うような燃えるような大恋愛だったの?
というと、実はそうでもありませんでした。(アッサリ)

もちろんお互いとても好きになって結婚したのですが、
大きく背中を押してくれたのは、潜在的な部分で二人の利害が一致していたからだったんです。

私:相手の国に行けば、日本でできなかった事ができるかもしれない。
夫:大好きな日本にまた行ける、自分の夢が叶うかもしれない。

年齢的にも自分自身に対し限界と物足りなさを感じる頃です。
これから始まる言葉の通じない義両親との不安な暮らしよりも、台湾で生活する期待感と見えない希望の方が勝ってもいました。もし、夫婦の愛情が足りないなら、これから育てていけばいいとも思っていました。

彼もまた、長い東京暮らしを終え台湾に戻って間もない頃。母親に命令され戻されたので日本への未練を抱えたままだったんですね。
日本語教育を受けた外祖父、台湾松下で勤めあげた父から影響を深く受けたこともあって、小さい頃は日本人になれたらいいなと漠然と思っていたらしいです。

30代前後って、男女ともに野心が微妙に芽生える時期。更に根気のない私達のこと、「好き」だけではこれから始まる超面倒な手続きや、育ちによる価値観の違いからくる葛藤は越えられなかったかもしれません。

こんなことを書くと、まるで愛のない結婚をしたかのように思われそうです。昔台湾の大学に通っていた時に何気なしにこの事を話したら、若い独身のクラスメート達に少し引かれましたもん。
でもね、違う国の男女が18年たった現在も手をつないで買い物に行き、仲良く笑って生活できているのです。なので、あながち損得で結婚を決めてしまったとしても、なんにも悪いことはないよと今は思うのであります。

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国際結婚し大阪から渡台するが、紆余曲折あり2015年に帰国、沖縄を経て関東に住み着く。 異国文化と人間関係にもまれたアラフィフ女が飼い犬と共にまるはだかで紡ぐエッセイです、どうぞよろしくお願いします。 タロットリーダー、犬好き、漫画好き。
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