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エッセイ カルガリーで双極性障害65 大袈裟だけど、ほんとに死ぬかと思った。リチウムの離脱症状と、#noteでよかったこと。

☆この写真は車の修理屋が書いてくれたパーツの名前。なんなのかは知らない。

修理屋に行って来た。彼曰く、「シリンダーのパーツを1個取り替えてみたから、これで大丈夫かどうか3日位様子をみるように」だそうだ。そのパーツはあったヤツを使ったからいい、と言って、金も取られなかった。でもさ、3日様子見ろって、そんな、風邪じゃないんだから……。3日経ってダメだったら、この写真のなんとかという部品を新しくしてみるらしい。

こっちは日本みたいな「車検」というものがない。だから修理もなんだか適当。ダメだったら、携帯を持ってない私は道端で、公衆に向かって助けを求めることになるかも。しかし今日は家まで無事に帰って来られてよかった。

実は昨日の朝、試しにエンジンをかけてみたら、全然かからなかった。だから、今朝、修理屋に行くのにレッカー車を呼ぼうと思って、念のためにエンジンをかけたらかかった。それについては修理屋も首を傾げていた。

今朝からずっと心労の余り、過呼吸状態になってて、車屋を出てからなんとか近くのドーナツ屋に行って、しばらく椅子にジッとへたり込んでいた。大袈裟だけど、マジで死ぬかと思った。家に帰って横たわったら、肺が疲れ切っていた。運動以外で肺が疲れるというのは経験が無い。修理屋には「なんでそんなに心配するのか?」と笑われた。そこは限りなく明るいフィリピン系の家族経営のガレージで、仲間内。

セラピストはそのせいだけじゃないと言うけど、これはなにもかもリチウムという双極性障害用の薬の離脱症状なのだ。20年以上飲み続けた薬だが、ほんとに飲みにくい嫌なカプセルで、私はどうしてもこれをもっと小さくて飲みやすい、新薬に変えたい。だからこんなバカみたいな苦労をしている。医者はどうしてもダメなら、またリチウムに戻してもいいと言っている。私は次の病院の予約までの2週間は様子をみようと思う。

この先3日はまだ心配だが、もし車が大丈夫だったら、そんなに嬉しいことはない。だけど、そうなったらまたきっと、私は別の心配事を見付けるに違いない。双極性障害と言われてから人生色々あったけど、今回みたいに苦しいことはない。ダメだったらリチウムに戻るしかない。しかし、少なくともその手はある。

リチウムというのは偉大な発見で、こんな単純な薬で患者が良くなるというのは素晴らしいことであった。1950年代に偶然オーストラリアの医者によって発見されて、1970年代に実用化されるまで、歴史上の双極性障害の患者は病院でコロコロ死んでいた。主に長い躁状態から来る衰弱で死んだらしい。今では想像がつかない。

何回も言うけど、noteというものがあってよかった。ちょっとでも人に読んでもらって共感してもらえるのは助かる。人命救助。エッセイを書くことがこんなに重要に思えるのも初めてのこと。また続きを書きます。


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小説書き。生きづらかった日本を脱出して単身カナダへ。恵まれた自然の中でプロを目指して執筆中! 書いた作品は70作以上。短編はマガジンにまとめました。長編はこちらから⇒ https://ehappy888175296.wordpress.com/
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