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エッセイ⑦小説の書き方。なにが言いたいのかサッパリ分からない小説がある。

私もよくやってしまうのだが、書いている本人は知っているので、つい書くのを忘れてしまう事柄がある。書かなければ読者には当然伝わってこない。混乱させることになる。

状況や風景をいちいち説明しろと言っているのではない。説明ばかりだと、当然、小説としてつまらない。一度に描写しないで、色んなやり方で小出しにしていくという技法もある。しかし、説明ばかりがずらずら並んで、それが成功することもあるから、そこは作者のセンスの問題。

先日、短編を書いていて、最後のところで主人公が美人である、ということを書いた。特に最後までそれを内緒にしている意味があるわけでもなく、最初から分かってた方がいいようなストーリーだった。完全に私の落ち度だ。

だが、ヒロインが美人であることを説明してはいけない。単純に友達との会話で、「貴女は美人だから」と言わせてしまうのでは大抵の場合、つまらない。一人称で自分で美人だと言ってしまっても、場合によっては効果的かも知れない。小説の作法で昔からある、ミラーショット、自分で鏡を見て美人だと思う、という、ほんとなら避けたいことも上手くやればできないこともない。

説明調にならずに事実を述べることが、小説を書いていて楽しい部分じゃないかと思う。ここはオリジナリティが発揮できるところでもある。主人公が美人である、ということを、ちょっと私流に書いてみる。

その一、出会ったばかりの男に言われる。「お前のいいところは、自分で自分が美人だって気付いてないところだよな」。

その二、私はいつも虐められる。そしたら祖母にこう言われる。「それはあんなたが見てくれがいいから、みんなが嫉妬するんだよ」。

その三、ブラインドデートで、彼が泣きそうな声になる。「え、こんなに綺麗な人だったんですか?」上手くいく可能性が低いことに彼はガッカリする。

それ以外にも、必要な状況描写をちゃんとしないと、おかしくなる場面もある。今までキッチンにいたのに、いつの間にかリビングルームにいることになっている。移動する必要がないなら、最初から移動しない方がいいし、理由があって移動したなら、その説明がなくてはいけない。

そういう細かいミスが続くと、たとえ、テーマがしっかりしていたとしても、その小説がなにが言いたいのかサッパリ分からなくなってしまう。そういう作品は意外と多い。ラノベだろうが純文学だろうが関係ない。伝えるべきことを伝えないと、読者の信用を失う。

小説を詩的にするために、わざと説明を省くということもあるだろう。しかしその場合は、ちゃんと詩として成功させなければいけない。作者の頭の中にあるビジョンが不透明なものであるなら、そのまま不透明に描写すれば、詩的に成功するかもしれない。

今朝起きた時、突然、トルーマン・カポーティの『ティファニーで朝食を』みたいなキラキラした小説を書きたいと思った。あそこまで確固とした世界観が作者の心にあったなら、なにをどう書いていっても、技法に関係なく、小説として成功しそうな気がする。

だから、やっぱり小説を書くのは面白いし、難しい。

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小説書き。生きづらかった日本を脱出して単身カナダへ。恵まれた自然の中でプロを目指して執筆中! 書いた作品は80作以上。短編はマガジンにまとめました。長編はこちらから⇒ https://ehappy888175296.wordpress.com/

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コメント2件

(・∀・)イイネ!!

中学の時に田中芳樹さんの『創竜伝』とか『アルスラーン戦記』にハマって。

あの方は美形を表現するのがそれはそれはうまくて。
漆黒の絹のような髪とか、陶器のような肌とか。そんなふうに表現するものだと思いこんでた時期がありましたドグ。(*´Д`)
switchさん、コメントありがとうございます! 表現方法は色々ありますよね。
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