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連載小説『絵の描いてあるTシャツ4/7』


     四

 真夏のクレイジーな熱気もやっとなくなった。もうとっくにクーラーも直ったのに、私は会議室で仕事をする癖がついてしまい、今日もそこにいた。金曜日の夕方だった。まだやることがあるのに、私はなんとなくPCで吉岡の写真を観ていた。建築物を撮った、最近の写真。大きな写真の賞にノミネートされているらしい。
 その光と影を観ていると、そこに早咲子を撮った、あの時の写真との共通点が見えて来た。若い人の二度と帰らぬ人生の瞬間を切り取ったような。でもそれは私の大袈裟な感想かも知れない。

 ドアが音もなく開いて、潤一が入って来る。
「今度も吉岡啓二だぞ」
「なにが?」
「君のファッションショーを撮るフォトグラファー」
私はショックを受ける。
「どうして?」
「気に入ってるんじゃないの?」
あの時はたまたま上手くいったかもしれないけど、正直、彼とはコミュニケーションが取れない。
「あの人の考えてることが分からない」
「だからいいんじゃないか? 香穂と彼なら丁度いい。バランスが取れる」

 吉岡啓二のアートっぽい作風で、私のファッションショーがどう撮れるんだろう? 私のショーではモデルは歩かない。走り回る。今度も早咲子を使う。他にも女の子を何人か入れる。
 PCに吉岡の個展のことが出ている。金曜日の丁度五時半。今からなら間に合う。
 潤一は当然、いつもみたいに私が一緒に彼の所へ行くと思っている。私達はビルの一階まで下りる。まだ残っている受付嬢達の前で私は潤一に言う。
「それじゃあ尾野部長。お疲れ様でした!」
呆然としている彼を残して、私は小走りに外に消えた。

 個展をやっているギャラリーはそう遠くない。私は時計を見ながら歩く。ショーウインドーに彼の写真が掛かっている。大きく引き伸ばした、建築物を撮った絵。さっき私のコンピューターで観たのと同じ写真。でも同じだけど同じじゃない。
 何人かの若者のグループが携帯でその写真を撮っている。彼等の撮った写真は瞬時のうちに世界中を駆け巡るのだろう。そこに写真というアート形態の危うさがある。私の仕事だって同じ様なものかもしれない。パリコレやロンドンコレクションの情報を瞬時に切り取って、ビジネスの鋭い目を通して、商品化する。

 ギャラりーは小さくて、なんとなく彼には似合わない。写真も小さい物が多い。外のショーウインドーの作品はサイズが大きくて見応えがあった。
 吉岡が外から入ってくる。半地下になっているギャラリーへ続く、階段を下りて来た。私の方をチラっと見て、ギャラリーのオフィスに入って、そこにいる人と話しを始めた。
 私は無視されて、いつもなら気にならない、そんな小さなことが気になった。なぜかは分からない。彼の写真に集中しようと思った。
 閉店の時間になったので、私は階段の方へ向かった。
「香穂さん」
途端にそう呼ぶ声がした。吉岡が今度はちゃんと私の方を向いて立っていた。

 私は吉岡に誘われるまま、近くのバーに入った。風が出て来て、道路の塵が渦になって飛んで行く。さっき最初に無視されたのが気になって、私はなかなか打ち解けた気分にならずにいた。こんな男とまた仕事をしなければならないと思うと気が重い。
 バーの止まり木に止まった時、彼は私の着ているTシャツを批判し始めた。
「酷い絵だな、それ」
これはニューシーズンのために創った、この冬のメインになるデザインだった。私は彼の意図が分からなかった。
「これは絵じゃないです。イラストですから」
私は少し強気で言ってみた。
 そのイラストは若い男性イラストレーターの作品で、私のスタッフみんなも気に入っているもの。この夏にも商品化されて、売り上げも悪くなかった。アニメの主人公を、パステル系の色で水彩画のようにぼかして描いてある。

「イラストね」
彼の意地悪っぽい言い方に、私は腹が立った。でも同時に私の自信が消えて行くのも感じた。今度のファッションショーにもそのイラストのTシャツがたくさん使われるのだ。
 吉岡は持っている小型のコンピューターで、自分の作品を見せてくれた。その中には絵もあった。彼は絵も描いている。私はそれを知らなかった。抽象のアクリル画。色は重いけれども、芸術性は高い。こんな絵を描く人に、私のTシャツの絵を批判してもらっても困る。ジャンルが全然違うのだから。
 彼は次々に違う絵を私に見せる。なぜだろう? と思いながら私はそれらを観る。そのうち、この人は自分の絵をTシャツにしてもらいたくて、見せてるんじゃないか、と私は思い始めた。それだったら辻褄が合う。

 私は自分の着ているTシャツを彼に見せながら、こう言った。
「彼の作品は若い男性に人気があって、この夏もよく売れたし、この冬も期待してる商品ですから」
 彼はやっと私に自分の絵を見せるのを止めた。やっぱりそうだな、と私は思った。こんな芸術家でもファッションに興味を持つんだな、と少し驚いた。

 でも一度失った自信はなかなか戻って来ない。彼はどうして私を誘ったんだろう? そもそも私はなぜ、彼の写真をギャラリーに観に行ったのだろう?
「君のブランドはストリートキッズがテーマだって聞いた。今度のファッションショーもそんな感じなんだろ?」
吉岡は仕事の話しを振ってきた。
 私達のショーはいつもゲリラ的で、一般には宣伝せず、ファッション業界や、マスコミにだけ公表される。今度のはいつか早咲子と一緒に行った、ゲイバーを借りてやることになっている。
「ゲイバーで、お客さんにも内緒でやるんです。いきなり店の奥から出て来て、店を走り回って、店の外に並んで服を見せる」
「そんなのを俺が撮るの?」

 その言い方が偉そうだったので、私はこう言ってやりたくなった。
「写真はどうせマスコミの人達も、家のスタッフもたくさん撮るから」
「でも俺がメインで撮るんだろ? そのTシャツも」
 Tシャツにこだわる男だな、と今度は本気で腹が立って、私は席を立つ。吉岡は黙って私の両肩を押さえて、また席に座らせる。大きな手の感触が伝わって来る。潤一のことを思い出した。この男を雇ったのも潤一だ。
「ブルー・シトロンのターゲットは16才から26才ですから」
「俺には今時のファッション感覚が分からない、っていいたいのかな?」
「そういうことじゃないです。変に批判されるとやりにくいです」

 私は彼の方を見た。年は潤一と同じくらい。でも吉岡はアーティストだから、ビジネスマンの潤一と違って、存在感の危うさみたいなものがある。
 服装もスーツなど着ずに、仕立てのいい麻の衿無しジャケットを着て、下はさり気ない細身のジーンズを穿いている。髪は長めでオールバック。大正時代の文学青年のようだ。そういえば彼の撮る写真はモノクロが多い。
 前に早咲子を路上で撮った写真。彼は人物は分かってるみたいだったけど、ファッションが分かってるかどうかは、あれだけでは判断できない。
「アートとファッションはお互い嫉妬し合う運命にある」
吉岡の気取った喋り方が気に入らない。
「だからお互い模倣し合うんです」
 私は今、偶然思い付いたことを口にした。彼はしばらく黙ったから、もしかしたら意外と当たっていることを言ったのかも知れないと嬉しくなる。

「君は思ったより頭がいい」
それも気取った言い方だった。女だと思ってバカにしてるのかな、と邪推する。あれから潤一に何度か言ってみた。もっと若いファッションフォトグラファーを使いましょうと。その度に、私と吉岡の組み合わせが、なにか意外な効果を生みそうな気がする、と意味のないことを言われた。
 ゲリラファッションショーはあと二週間に迫っている。どうにかしてこの男とコミュニケーションを取らないと。
「こないだ早咲子を撮った写真、よかったです。若い人の、二度と帰って来ない人生の瞬間が切り取られてると思います」

「それが君の感想なの?」
乾いた調子で彼が言う。私は真意が知りたくて彼の顔をを見る。意外にも彼はクスって笑う。
「実存主義的なことを言う」
 それは私を馬鹿にしたようには見えなかった。私だってその言葉の意味は知っている。上手く説明はできないけど。それ以上突っ込まれないといいな、と思って吉岡の顔を見て微笑む。
「貴女が俺のそういう部分が好きなら、今度もそのような切り口でいこう。若者の二度と帰ってこない人生の瞬間」
「ほんとですか?」
よかった。やっと私達に共通項が見付かった。
 吉岡がウォッカを飲み干して、席を立った。
「これから行ってみよう」
私はなにを言っているのか分からなかった。
「そのゲイバーとやら」

 そこは新宿にある。青山から電車に乗った。金曜の夜の喧騒。いつも潤一の車かタクシーで移動するから、私にはそれが新鮮だった。
 店に着くと、私達は客達にジロジロ見られた。当然なんだけど、異性同士はあまり歓迎されない。
 バーのオーナーが出て来て、簡単な打ち合わせになった。私は吉岡を紹介した。モデルの着ている商品写真を撮るフォトグラファーは、別にお願いしてある。吉岡にはショーの様子を撮ってもらうことになっている。
「狭いな!」
彼はオーナーのいる前でそう叫んだ。大振りのカメラをバッグから出して、ファインダーを覗く。

 実際のショーの日はあっという間にやってきた。バーのあるビルは、上がオフィスビルになっていて、私達は空いているオフィスを借りて、着替えをする。ゲイバーの客はカメラを抱えたマスコミ人達を見ながら、なにが起こるのか期待しているように見えた。私は表の道路にいて、最後にモデル達が並ぶ場所の、最終チェックをする。
 あとはスタッフに任せてある。私は一人でバーの背の高いテーブルにいる。時々思い出したように雑誌社のフラッシュが私に向けられる。
 
 潤一が隣に来る。彼にスカウトされて、ブルー・シトロンのチーフデザイナーになって、これが何度めのショーだろう? 
 本番が近付いてナーバスになってきた私は、本気でそれを数え始めた。夏物が三回、冬物が二回。今のを入れると全部で六回ショーをやってきた。本社ビルの庭でもやった。表参道でもやった。
 一番派手だったのは渋谷のスクランブル交差点で、警察官に追われて大変なことになった。今はあそこまでワイルドなことはやらない。ブルー・シトロンも成熟して、知名度も上がったから、あそこまで宣伝しなくてもよくなった。

 私は大きなため息をつく。心配はなにもない。全て上手くいく。そう思ってもため息が出る。潤一が私の肩に手を置く。
 私の視界に大きなカメラを持った吉岡の姿が入る。彼はこれからこのバーで走り回るモデル達をどんな風に撮ってくれるのだろう? 噂を聞きつけた野次馬も増えて行く。店の中も外も。

 潤一が私にビールを手渡す。今まで彼はこんな時、そんなことしないから、私はビックリする。飲んでいいんだったら、飲もうと思って、私は潤一のグラスと乾杯して飲み始める。そんなに私がナーバスに見えたのかな? それともだたショーを楽しもうっていうことかな? 聞いてみよう。
「仕事中でしょ」
「いいって」
「尾野部長、緊張してる?」
彼は口の片方だけ上げた、中途半端な笑いを見せる。

 その瞬間、バーの音楽がポップスから、うるさいロックンロールに変わる。いつの間にか奥にDJもいる。それはスタッフがやったことだから、私は知らなかった。音楽はいい。選曲のセンスが冴えている。
 モデルが一人ずつ出て来て、店の中を走り回る。バーの客が大喜びして手を叩く。集まった大勢のマスコミのカメラから、眩しいくらいフラッシュが光る。「若い人の人生の二度と戻らない瞬間」。
 私は吉岡の姿を探す。彼は群衆の一人となって、モデルを追っている。彼が嫌っている、あの絵の描いてあるTシャツ。それを着ているモデルの一群が現れる。それは今夜の一番若いモデル達で、一番下は十四才の男の子。彼等は私のデザインを、どう思ってくれてるんだろう?
 男の子に混じって、早咲子が出て来る。長い髪が金属的な光を放つ。吉岡が彼女に近付いて行く。彼女とは一度やってリズムが分かってるから撮りやすいだろう。

 モデルが全員出て来て、外の道路に勢揃いした。ファッション誌や、その他マスコミの取材が始まる。私はいつものように逃げる作戦。二階に借りたオフィスに駆け上がる。片手にビールを持って。
 私のアシスタントの男性がやって来る。
「香穂さん。難しい質問ばっかされて、僕じゃ分かんないですよ」
「しょうがない」
私は覚悟を決めて下に行く。

 難しい質問ね。中年の男性が近付いて来て私に名刺を渡す。美術雑誌? なんで美術雑誌が私のブランドの取材を?
「吉岡啓二さんから紹介されて」
あ、なるほど。でも私になにを聞いても美術のことは専門外だから。
「貴女のブランドはいつもこういうショーをやるそうですね?」
よかった。割と普通のことを聞いてくる。
「はい。ストリートファッションがコンセプトなので」
「街で着られる服、っていうことですね?」
これなら普通のファッション誌と変わらない。なんでさっきアシスタントが呼びに来たんだろう?

「なぜ吉岡啓二だったんですか?」
ああ、こういう質問には彼は答えられないか。ほんとは私が選んだんじゃなくて、部長が、と言いたいところだけど、それは堪える。
「作風も、ファッションとアートというジャンルも違う中で、なにかコラボレーションができたらと思いまして」
 自分でも上手く言えたと思って、嬉しくなる。ビールが効いてきたのかもしれない。
「吉岡氏は普段、人物は撮らないですよね? なぜ今夜は人物を、しかもファッションショーを撮ったんでしょう?」
「それは私じゃなくて、彼に聞いてもらわないと。」
「貴女の御意見を伺いたい」
そんなこと言われても。そういえば、彼はなにか言っていた。
「若い人の人生の二度と戻らない瞬間を切り取りたい」
「彼がそう言ってたんですか?」
私はやっぱり酔ってるのかな? それは私が言ったのか、彼が言ったのか、それとも二人で考えたのか、よく覚えていない。

「やっぱり吉岡さんに聞かれた方がいいと思います」
私はそう言って、失礼にならないようにインタビュアーから離れた。店の中がうるさいので外に出た。写真を撮り終わったモデルは順に二階へ行って、着替えている。そして一人一人消えて行く。ショーが無事に終わった、という安堵感がくる。私服に戻った早咲子が私に手を振る。
 通りにまだ大きなカメラを持った吉岡がいる。潤一となにかを話している。街灯に二人のシルエットが浮かび上がる。二人がちょっと接近し過ぎかな? と私は感じる。ここがゲイバーだから感化されたのかな? 
 その時私はこの二人の関係を知らない、ということに気が付いた。潤一が吉岡を選んだ本当の理由があるのだろうか?
「吉岡さん、さっき美術雑誌の人から色々聞かれて」
「ああ、いいですよ。彼だったら。俺が適当に誤魔化しとくから」

 吉岡はさっき撮った写真をカメラのスクリーンで見せてくれた。色を撮っている。最初観た時そう思った。こんな色、使ったかな? とちょっと思い出せない色もあった。絵の描いてあるTシャツの、ほんの一部分を撮ったような、そんな色。
 ピントは合ってるのに、色が流れている。どうしたらこんな風になるんだろう? 私がいつまでも写真を観ているので、吉岡がこう言わざるを得なくなる。
「よかったら明日、見せるから」
「明日じゃなくて、今夜観たい」
潤一が脇から口を出す。
「もう十時だよ」
「それがなに? 二階に機材があるから」

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小説書き。生きづらかった日本を脱出して単身カナダへ。恵まれた自然の中でプロを目指して執筆中! 書いた作品は70作以上。短編はマガジンにまとめました。長編はこちらから⇒ https://ehappy888175296.wordpress.com/
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