きみ、「専門がない」と泣くことなかれ

ここ数ヶ月、「自分は専門性がない」という嘆きを何件か目にするようになりました。
その度に「最近のクリエイション、特にxRは総合格闘技だから悩まなくてもいいよ。むしろどれだけオリジナリティのある作品を作れるかで勝負すべき」と何度も言ってきたのですが、たった140文字のツイートですべてが語れるハズもなく。
私はキャリアアドバイザーの資格を持っているわけではないのであくまで経験でしか語れませんが、学生さんを見てきた経験はありますので、何か考える素材になれば幸いです。

(10/31 追記しました)

結論としては、職人さんかイノベーターでありたいかで考え方が異なります。
最新技術を使ったモノ作りを得意としている組織でイノベーターでありたいなら、総合力を活かしてセンスで殴る。
ある程度成熟した組織の中で職人でありたいなら、組織の規模に合わせて自分の専門のレンジを調整すればいい。

大丈夫。きみ、「専門がない」と泣くことなかれ。

組織における「これならあなたにお願いするよ」

まず「専門性がない」と嘆く場合の心情として、「このタスクはあなたに任せれば大丈夫」という技術的な専門がないのではないか?と考えてしまうことが挙げられます。上には上がいるから、と。

ならばどうすればいいか。
例えば会社なら会社、所属する組織なら組織で「これならこの人」を目指してみる。
大きなことでなくていいんです。軽量化の手法に詳しい、操作していて気持ちのいいUIを作ることが好き、フォトグラメトリのキレイなメッシュ作りなら任せろ、小物のリグなら得意!…という細かなことでもいい。小さい組織であれば「アバター関連技術ならよーへん」のように、もう少し広い範囲をある程度できるでもいい。
所属する組織の規模に合わせて、自分の専門性のレンジを広くしたり狭くしたりすれば良いわけです。

自分ができることなんて、一歩外に出れば他の人もできるでしょ?SNS見れば分かるじゃない。自分なんかよりもっとできる人がたくさんいる。

そうかもしれません。でもその組織では「あなたのできること」はあなただけしかできないかもしれない。

もし同じ組織に自分と似たような人がいてどうあがいても無理だと思ったら、近いけど違うモノを極めてみる。その人がUnityでの絵作りが得意なら、UEでの絵作りを頑張ってみてもいい。半田付けが得意とか、3Dプリンターなら任せろ!でもいい。「こういうことやりたいんだけど」と聞いて、どのような技術が必要か・実装までの道のりは?・どんな職人さんにどんなお仕事をお願いしたらいいか?がパッと出てくる人であれば、ディレクターやプロジェクトマネージャーが向いているでしょう。その場合はメンバーがより良いクリエイティブを発揮する環境作りを極めてもいい。
例えばあなたがUEを得意とすることで、会社や組織のできることが増えるかもしれない。小さい組織ならなおのこと。

ただ組織に合わせて自分を変えるなんてクリエイターとして愚の骨頂、と思う方もいるでしょう。
ではこう考えてみてはどうでしょう?
実地で極めることで自分のできることが増えていく、と。
ただそう思える巡り合わせは、運と相性としか言いようがありませんが…

総合力を活かしてセンスで殴る、センスは学習可能なもの

とまあ、ここまでは特にわざわざ言及するまでもない当たり前のことかもしれません。キャリアコンサルタントの方の方が良いことを言ってくださるでしょう。
大事なのはここから。特にインタラクションデザイン・xR・ロボティクス・AIに関わる皆さまに言えることかもしれません。

「専門性がない」と悲しんでいるあなたは、以下の2つのうちどちらでしょうか?
・一点特化な職人さんになりたいのか
・今まで見たことのないプロダクトを作るイノベーターになりたいのか

前者なら専門学校へ行って学ぶか、独学でがんばるという方法があります。後者の方は専門性のあり/なしについて考えることを諦めましょう。後者はどうしても総合格闘技にならざるを得ないんです。
信じられない?なら一度、既存のメディアアート作品やインタラクション作品を自分で再現してみてください。どれだけ多くの知識と技術が必要なのかが分かるハズです。

上記の2つは私独自の考え方ではありません。デザイン系専攻における学生指導の方向性の話として、以前ある先生からお伺いしたことです。
一点特化の職人として働きたい学生さんと、イノベーターとして生きたい学生さんとでは指導方法が違う。
学生さんは自分がどちらでありたいかを、就活が始まる2年生後半までに決めなくてはならない、と。

昨今のデジタルクリエイションは非常に多分野・多要素から構成されています。
これはアバター研究におけるリサーチマップですが、リサーチ要素だけでもいわゆる学際領域とも言うべき多分野です。

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またこちらはひとりでメディアアート作品が作れるようになるために必要なスキルリストです。これを見ても総合格闘技という意味がお分かりになるかと思います。

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たったひとつのインタラクティブな作品を作るために、これだけのスキルがいるわけです。最新技術を用いて様々なプロダクトやコンテンツを作るなら、特に際立った専門性がなくて当たり前なんです。それぞれ好きなことはあるにしても。
これだけ広くできるから自分はすごいんだ、なんてことは全くありません。メディアアート/デザイン、インタラクションデザインを学ぶ専攻であれば、これらを叩き込まれます。
新しいモノ、見たことのないモノを作るためには多様な知識と技術がいる。広く浅くできた上で、総合力を活かしてセンスで殴る。これがメディアアートやインタラクションデザインなのです。
広く浅くでも、人数が揃えばお互い補い合って広く深くなるんです。
その中で「あれ?実はこれは俺がいちばん詳しい?」と気が付くこともあるでしょう。

そしてセンスは生まれ持ったものではなく、その多くが後天的に学習によって身に付くものです。審美眼は良いものを多く見ることで身に付きます。

もしあなたが「自分にセンスがない」と言うならば、それは学習が足りていないということでしょう(もちろんそういう私も足りていないのですが)。様々なモノを見ていれば、自分や他の人がいいと思うものに関して一定の法則があることに気がつきます。多く学習していれば、その法則を成り立たせている要因を見つけて自分の制作に活かすということもできます。

事実、メディアアート系専攻の卒業生はその総合力を活かしてディレクターになったり、小さな組織で様々な手法を使ってプロダクトを作る人になっていたりします。
メディアアートやインタラクションデザインを行ってきた方々は、一点特化な職人であることが求められる大企業とは相性が良くない場合もあります。一点特化な職人を目指す場合は、そのスジの専門学校に通って学ぶか、独学で頑張る方法があるでしょう。

たぶん「専門性がない」と嘆いている方の多くは「自分はある程度できるけど、何か突出した専門性がない」というのがほとんどなのではないでしょうか?

なくてもいいんです。それが昨今のデジタルクリエイションなのですから。イノベーターでありたいなら、専門性のある/なしに悩む前に「この人の作品が見たい/世界観が好き」と思ってもらえるようなセンスを発揮できることの方が何百倍も重要です。そしてセンスは学習可能なのです。最新技術を使ったモノ作りを得意としている組織では、そのセンスをかってくれる方もいるでしょう。
ある程度成熟した組織の中で職人でありたいなら、最初に書いたように組織の規模に合わせて自分の専門のレンジを調整すればいい。

追記

---ここから---

それでも「せめて"なんとかの人"」と自分でも言える・人にそう認識してもらえる人でありたい、と思うことがあると思います。その場合は「好き」で特徴をつけるんです。優れた技術ではなく、自分の愛する分野の特定箇所に関してどれだけオタクであれるか。研究者のように詳しくなる必要は必ずしもなく(そこまで追求したらしたで、上がいる…と落ち込む)、「俺はこれを愛しているんだ!」というものをひとつ持つのがいいかと思います。

---ここまで---

組織や会社関係なく「個人としては」、特定の技術が得意であることにアイデンティティを置くのは危険だと思います。上には上がいるし、その上の人たちもさらに上がいます。
対して「個人において」センスにアイデンティティを置く場合、その世界観や思考を表現できるのは自分だけなので、上記よりは悩まずに済みます。もちろん評価で悩むことはあるでしょうが、自分の世界観を貫くのか流行りを取り入れるのかは本人の選択です。
組織の上ではこの選択は、イノベーターか職人かによっても違ってきます。イノベーターであれば組織にとって特徴的なものになり得るなら採用されるでしょうし、職人であれば流行りを取り入れるのが大事ですしその方が重宝されるでしょう。

結果的に生存者バイアスかもしれませんが、就活や転職であれば、組織の求めている人材が職人なのかイノベーターなのかは把握しておく必要があるかと思います。

あなたは職人さんでありたいのでしょうか?それともイノベーターでありたいのでしょうか?

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