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豚の糞尿から巣立った稀代の事業家 『あんぽん 孫正義伝』 #358

孫正義さんがいなければ、日本のインターネットはもっと違う形になっていたのでしょうか。

2兆円を超える資産を持ちながら、人懐っこい笑顔で魅了するカリスマ。印象的だったのは、ソフトバンクが2011年の日本シリーズを制して優勝を決めたときの様子です。ピョンピョン飛び回って、選手と一緒に喜びを分かち合っていました。

そんな庶民的な顔を見せる孫正義さんですが、佐野眞一さんの書『あんぽん 孫正義伝』を読むと、また別の顔が浮かび上がってきます。驚くほどのバイタリティで前へ前へと進む力の原点を感じました。

1957年に佐賀で生まれ、朝鮮人集落で過ごし、高校を中退してアメリカへ。帰国して起業。このあたりは、よく知られている物語ですよね。

「音声機能付き他言語翻訳機」をシャープに売り込み、成功。日本で流行していたアーケードゲームをアメリカに転売して、大成功。わらしべ長者のような展開です。

でも、創業まもなくして慢性肝炎のために余命宣告まで受けていたそう。

この時、再読した小説が、司馬遼太郎の『竜馬がゆく』。

龍馬だって三十三で死んだ、だけど最後の五年ぐらいで人生で最も大きな仕事をした、っていうことにはたと気がついたんです。

この気持ちの切り替えによって、いつ死んでもいい覚悟を決めて事業を進められるようになったのだとか。

この本はあくまで「孫正義」という人物を浮き彫りにする内容なので、ビジネスに関わる内容はほぼ出てきません。昨日ご紹介した井上雅博さんの話もなし。

それでも「孫正義」を形作った歴史だけで、エンタメ小説並みの読み応えがあります。佐野さんによる取材に加えて、孫さんへのインタビューもあります。うれしくない質問もする佐野さんに対して、茶化したり、はぐらかしたりせず、“ちゃんと”答えているところに、人柄を感じました。

ただ、お父さんの話が長いんですよね。

韓国から日本へ渡り、苦労して財を築いた父の三憲さん。彼もまた、豪快でエネルギッシュな方で、ちょっとできすぎのホラっぽい話はおもしろかった。人物伝に、かなりの分量を割いて父の話を書くということは、それくらい、インタビューをしていて引き込まれたということでしょうか。

そんなお父さんの教育方針はというと。

正義、俺の姿は仮の姿だ、俺は家族を養うために仕方なしに商売の道に入ったけれど、おまえは天下国家といった次元でものを考えてほしいってね。だから、僕は小さいときから商売人になろうと思ったことは一瞬もないんですよ。(中略)鉄道や道路、電力会社など天下国家の礎を作るのが、事業家です。

どん底の貧乏生活を送りながらも、息子には天下国家の夢を見させる。そして息子は国家のインフラとなるインターネット事業で成功する。ケタ違いの親子なのだなーと感じました。

元の記事は2011年に「週刊ポスト」で連載されていて、本として出版されたのが2012年。この頃は在日韓国人として生まれた孫さんへの差別発言も多く出ていました。韓国名で日本国籍を取得したことに気概を感じる人もいるかもしれませんが、それが足を引っ張る事態にもなっていたんですよね。

稀代の事業家「孫正義」は、どんな環境で育って、どんな親に育てられたのか。

ジャパニーズドリームの体現者は、豚の糞尿にまみれた生活のことを忘れられないのだと思います。





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