見出し画像

七月の宝石箱|140字小説

#文披31題 で綴った140字小説のまとめ。
サブテーマは『宝石(鉱石)』でした。


Day1「黄昏」
神様が黄昏色のドロップを舐めて、流れた涙が琥珀になった。古代の葉を飲みこんだ宝石を光に透かすと、そんな幻想が生まれ出た。ひいやりとした鉱石と違って、琥珀はまろやかに温かい。命の、涙の温度だ。七月、とろけるような暑さの中で色とりどりの宝石箱を開く。貴石たちが、己の軌跡を語り出した。


Day2「金魚」
まるで生きた金魚が時を止めたようだった。「赤水晶に彫刻を施したものです」展示室の主は語る。ひれの優美さもそのままに、生命の美が硬化していた。見事な細工に見惚れていると、金魚とふいに目が合う。潤んだ金の目……目?主を見遣っても笑むばかり。命を石に閉じ込めたのか、石が命を宿したのか。


Day3「謎」
宝石商だった私の叔父は、私の誕生日の度に一つずつ宝石をくれた。十歳の日からダイヤ、エメラルド、アメジスト、ルビー、またエメラルド、サファイヤ。そして十六歳のトパーズを最後に叔父は我が家に出禁となった。理由は教えてもらえなかったが、英単語の自習中に謎が解けた。DEAREST……最愛の人。


Day4「滴る」
久方ぶりの雨が降った翌朝、庭の様子を見に行くと植え込みに光り輝く首飾りを見つけた。奪おうかと思案して、美しすぎて躊躇する。草葉に滴る露を集め、朝日にきらめく輝石たち。見つめていると、首飾りの持ち主が現れて胡散臭げに私を見遣った。八つの目に睨まれては敵わない。退散しますよ、蜘蛛殿。


Day5「線香花火」
《思い出の情景、宝石に閉じ込めます》そんな謳い文句の宝石店のショウケースに並ぶのは、遠い夕暮れのガーネット、星空の瑠璃、湖色のエメラルド。線香花火のブルーサファイアは、光に透かすと傷跡のような火花がいくつも散った。首飾りにすると、終わらないでほしかった夏が胸元に小さく咲くという。


Day6「筆」
画家だった夫が、夜中に作業場で倒れて死んだ。絶筆となったのは、赤い唇の美人画だった。自ら辰砂を砕き絵具を拵え、彼女の唇に紅をさす夫は、恐らく秘めた恋をしていた。「辰砂には毒性があるそうだけど、それで命を縮めたのかしらね」彼女は毒を装い、思わず口付けたくなるような唇で微笑んでいる。


Day7「天の川」
敷き詰められた星を拾っては投げる。放られて流れた星は地上に届いて金剛石になって、恋人たちの指輪を彩るのだそうだ。暢気な夢物語だ。もうあたしは一年待って一瞬しか会えないのとかうんざりだし、諦めに慣らされてるあいつを殴りたいし、だから自力であっちに行くことにした。天の川を投げ捨てて。


Day8「さらさら」
凛としたモデルが、ロングドレスを纏いランウェイをゆく。さらさらと薄物のシルクのように裾を翻らせているが、実際は無数の宝石が縫い付けられていて着こなすには相当の技術が必要だ。秘めた苦闘を、辛酸を、優雅に装ってこそ真の美だとその背が語る。憧れ、賞賛、夢、羨望。全て背負い、さらさらと。


Day9「団扇」
リィ…ィン、と一筋の風鈴の音で覚醒する。視界に映ったのは蒼天と、彼女があおぐ団扇、冷水をたたえた瑠璃切子のグラス。膝枕に包まれた縁側の微睡みは、過不足ない完璧さで閉じている。嗚呼これは夢か。あの日の夏だ。その証拠に彼女の顔だけが暗い。瑠璃の肌を水滴が滑る。醒めたくなくてまた眠る。


Day10「くらげ」
波打ち際で干涸びかけてたくらげを助けたらお礼に一粒の真珠をもらった。くらげの涙で作った宝だと言う。そんな大層なもの貰えないと固辞する間もなくくらげは去り、真珠は残った。よく見ると凸凹だらけで、小さな月のよう。あの義理堅いくらげは今も泣いているのか、せめて嬉し泣きだといいなと思う。


Day11「緑陰」
それは呪いの、或いは幸福のエメラルド。見つめると不思議なことに石の中には青々とした木立が広がり、優雅な婦人や愛らしい少女、本を読む若者が思い思いに寛いでいる。何の憂いも苦悩もないその世界に魅入られたが最後、気づけば貴方も緑陰の人。永遠の安息に囚われ、エメラルドの景色の一部となる。


Day12「すいか」
ぱっくり割れた西瓜すいかか、砕け散った柘榴石。そんな風情だった。その霊は顔の上半分が真っ赤に潰れていた。「貴方は誰?」憑かれたくなければ、人ならざる者に誰何すいかしてはならない。でも、私はもう見えないふりをするのに疲れてしまった。「話、聞くわ」逃げて狂うも憑かれて死ぬも、どうせ同じ地獄なら。


Day13「切手」
切手の貼られていない手紙が届いた。恐る恐る封を開けてみると、中には薄い水晶の花びらのような欠片がひとつ入っていた。つまんでみると羽毛のように軽い。次の日もまた届いた。次の日も、次の日も。集まると磯の匂いが強く香った。それが魚の鱗だと気づくころ、私の体にも水晶の花が咲き初めていた。


Day14「幽暗」
寂しい人魚は月のない夜にだけ岩場に現れるのです。幽暗なる海の底から、ちらちらと瞬く星明かりを頼りに波間に出ずるのです。身を飾る真珠も珊瑚もその時ばかりは脱ぎ捨て、なまめく尾を晒し、鱗を一枚摘み取ると海鳥に託します。嘗ては己も住んでいた人間の都を遠く見遣り、仲間の訪れを待つのです。


Day15「なみなみ」
片腕が水晶の花弁のような鱗に覆われつくした頃、喉も体も乾いて渇いて仕方がなくなった。コップになみなみと注いだ水を飲み干す。足りない。水を張った風呂桶に浸かる。まだ足りない。解っている、この渇望を満たすには、あの押し寄せる波に身を任せる他ないのだと。女の歌声に似た潮騒が呼んでいる。


Day16「錆び」
実家の桐箪笥の一番上の抽斗には鍵がかかっている。子どもの頃に一度だけ母に中身を見せてもらった。おばあちゃまからもらった真珠よ、と母は愉快そうに笑っていた。こないだ抜けた私の歯みたい、と私は思った。仲違いしていた祖母も母も今は鬼籍の人だ。錆びついた記憶の鍵を、開けてみる勇気はない。


Day17「その名前」
結婚するの、とはにかむ彼女の薬指にはダイヤの指輪が光っていた。だから、ね、お願い、と無邪気に懇願してくる彼女はいつにも増して眩しく、美しい。私はいつだって大事な貴方の頼みを聞いてきた。勿論、今度も。「新婦友人のスピーチ?任せてよ!」この憎悪にも似た感情に、名前をつけてはいけない。


Day18「群青」
群青の宙に瑠璃の星散る、曜変天目という茶碗がある。美術館で見たその国宝は、てのひらの宇宙というふれこみの通り、小振りな器に宇宙の深淵を擁していた。これが人の技か、それとも奇跡の成せる業か。いまだその技法は不明なのだという。両の手を器の形に組み、そこに広がる宇宙と失われた星を想う。


Day19「氷」
氷の花ぁー、いらんかえー、といつもの行商人のおじさんの声が聞こえた。わぁっと群がる子たちに混じって私も青い線香花火を買う。夜を待ち、早くぅと母を急かし火をつけてもらうと、紙縒の先から火花と共に氷晶が散った。パラパラと零れる粒をじっと見守る。中心に透き通った玉が結んだら願いが叶う。


Day20「入道雲」
立派な入道雲を見上げると、つい「ラピュタだ」と呟いてしまう。空から降る女の子は永遠のロマンだし、空の海賊に嫁入りしたかったし、真実の名前とか考えちゃうし、飛行石ペンダントだって持ってた……今も持ってる。先日、娘が雲を見て「りゃぷた」と言った。血筋だ。そろそろDVDデビューしようか。


Day21「短夜」
水の匂いがして目が覚めた。めずらしく涼しい夜だからと、窓を細く開けたまま寝入ってしまったらしい。湿り気のある風が肌にふれて、あわく霧雨が降っていると知る。うっすらと差す窓明かりは、どうやら月影ではなく瑠璃色の曙光だ。空の端では雲がきれようとしている。短夜みじかよは去り、夏暁なつあけが藍に滲んでゆく。


Day22「メッセージ」
宇宙から巨大なペリドットが飛来した。火球となり平原に落下したその石は現地の人々によって砕かれ、売られ、最後はさる金持ちが持ち去った。数年後、世界中に散ったペリドットが同時に光り始める。輝きの中に浮かび上がる文字は彼方からのメッセージ。友好か、侵略か、繋ぎ合わせなければ分からない。


Day23「ひまわり」
ゆめまぼろしだ。病床の窓から青天を見上げる。空調の効いた部屋からは夏の気配すら遠い。真昼の夢はいちめんのひまわり畑。黄色の迷路を駆けめぐる。玉光る汗、草いきれ、波濤の如く押し寄せる蝉の音。ゆめまぼろしだ。胸にのみ立つ陽炎だ。硝子ごしの平面な空に、思い描く、いちめんの、いちめんの、


Day24「絶叫」
音楽を聴かせて植物を育てるように、絶叫を聴かせて結晶を育てる方法がある。哀切は青い星の揺らぎを、憤怒は炎の赤を、恐怖の叫びは閃光のようなルチルを産む。純度の高い絶叫は美しい組成に欠かせない。複数の絶叫者を使い分けるのがプロの嗜み、異なる感情の叫びをうまく引き出すのが腕の見せ所だ。


Day25「キラキラ」
私の方が綺麗で、私の方が裕福で、私の方が優秀で、私の方が恵まれているはずなのに、あの子にも、あの子にも、あの子にも、私には手に入らない美しさがある。紅潮した頬、潤んだ瞳、華やぐ空気。どんな宝石も及ばないあの眩さ。私がどれ程装っても敵わない、あのキラキラとした輝きを恋というらしい。


Day26「標本」
干し葡萄の様な粒を透明なグラスの水に漬ける。「干涸びた鉱石の標本です。水に漬けると本来の輝きを取り戻します」などと売主は謳っていたが、どうせ紛い物だろう。そして皺の寄った紫の粒の存在を忘れた頃、グラスが発光していることに気がついた。紫のプリズムが水中を満たす。星葡萄が蘇っていた。


Day27「水鉄砲」
田舎で過ごした夏休み、近所の子らだけが知っている鍾乳洞を探検した。装備は懐中電灯、野球帽、ズボンのポケットには水鉄砲。一番奥の祭壇みたいな石筍に、探検の証の水鉄砲を置いて帰った。翌年大人に見つかって、危険だからと封鎖されてしまった。あの日の水鉄砲は、鍾乳石の一部になれただろうか。


Day28「しゅわしゅわ」
クレオパトラは真珠を飲んだっていうけど、私も飲んでやろうかしら。酔った眼で、シャンパングラスに沈んだ真珠の指輪を見つめる。これを貰った時は嬉しかったな、母親の形見だなんて言ってたな。一緒にシャンパンを飲むはずだった人はあちこちでそんな嘘をついていた。嘘がしゅわしゅわと泡に揺れる。


Day29「揃える」
全身揃えなくちゃ気が済まないの、と彼女は言った。オパールは私のハッピーストーンだから、と。首飾り、耳飾り、指輪に腕輪、髪飾り、服に縫い付けたビジュー。全てオパールで揃えていった。やがて肌にも埋め始め、目にも嵌めたころ動かなくなった。乳白色の塊となった彼女の声を久しく聞いていない。


Day30「貼紙」
電柱に『探しています』の貼紙。犬か猫か、と見ればエメラルドだった。どうやら猫の首輪に本物のエメラルドを鈴がわりにつけていて、猫はいいから首輪だけ見つけてくれということらしい。胸糞悪さを幻想で覆う。きっとエメラルドは旅に出たのだ。猫と旅するエメラルドは、今ごろ故郷の地を踏んでいる。


Day31「夏祭り」
気付けば祭囃子は絶えていた。踊りの輪は崩れ、夜店は灯りを落とし、夏祭りが終わる。帰りたくなくて泣いていたら、香具師の男性が宝石箱をくれた。射的の景品の残りだけど、これ持って迷わないうちにお帰り、と言って。箱を開けたら金平糖が入っていた。名残の星を口に含み、夏をしゃりんと噛み砕く。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?