見出し画像

街角ピアノ・スペシャル「角野隼人 ニューヨークを行く」: 若きピアニストの覚悟と挑戦 (元教授、定年退職175日目)

以前、ロサンゼルス滞在記の中でNHKの番組「街角ピアノ」について触れたことがあります(8/26, note)。そこでは、ロサンゼルスのユニオン駅に設置されたピアノの演奏を街の人々が楽しむ様子が紹介されていました(この取り組みは世界中で行われており、自宅近くの豊中の市場内にも設置されていました。素晴らしい試みだと感じています)。


今回は、ニューヨークを舞台にした「街角ピアノ」のスペシャル版において、ピアニストの角野(スミノ)隼人さんが特集されていました。角野さんは、ショパン国際コンクールのセミファイナリストであり、YouTubeのチャンネル「かてぃん」では130万人の登録者と総再生回数1億7千万回を越える、29歳の人気ピアニストです。また、東大大学院の工学研究科で音声情報処理や機械学習を用いた研究も行っていました。


この番組を最初に視聴した際には、さほど印象に残らず10分ほどで中断しました(失礼しました)。しかし後日、録画の最後に演奏されたラヴェルの「ボレロ」を偶然聴いて感銘を受け、改めて最初から見直しました。それ以来、何度も視聴しています。

角野さんの「ボレロ」は、オーケストラ用の楽曲をピアノだけで表現する挑戦的な演奏でした。小さなドラムの「タンタタタタンタン」というリズムの繰り返しから始まり、さまざまな音色が重なり合っていき、最後にそれらが統合される壮大な曲です。ピアノ一台で、そのリズムを常に刻みながらメロディーを奏でる技術と、徐々に様々な音が加わっていく表現力に感激しました。


番組の冒頭では、ハドソン川沿いの公演にあるストリートピアノやワシントン・スクェア・パークの路上ライブが紹介されました。角野さんは、20歳の若者や地下鉄ミュージシャンたちと共演し、初めて1ドルのギャラをもらって純粋に喜んでいました。簡単な演奏から始め、途中から実力を解放して周囲を驚かせる、という流れを楽しんでいるようでした。(下写真もどうぞ)

地下鉄ミュージシャンとの共演(注1)
ワシントン・スクェア・パークでの路上ライブ(注1)
初めて1ドルのギャラをもらって喜ぶ(注1)


しかし、角野さんがニューヨークに渡った真の理由はそこではなさそうでした。これまでの音楽活動は順調でしたが、このままで良いのかと自問自答し、自分を鍛え直そうとニューヨークに移住したのです。彼にしかできない音楽への挑戦が始まったのです。


そこで訪れたのは、グリニッジ・ビレッジにある名門ジャズクラブ「smalls」で、このプロへの登竜門でのジャムセッションに参加したのです。セッション前は非常に緊張し、演奏ではドラムやベースと合っていなかったと反省していましたが、リーダーからは「弾きたかったら、いつでも来てくれ」とお墨付きをもらっていました。「いい夜だった」と本人は満足していて、彼が求めていた「武者修行」の一端が垣間見えました。(下写真もどうぞ)

グリニッジ・ビレッジにある名門ジャズクラブ「smalls」(注1)
「smalls」でのジャムセッション(注1)


その後も、マサチュセッツまで足を延ばし、普段は逢えない憬れの70歳のピアニストを訪ねて演奏を聴いてもらい、「あなたのやっていることを、自信を持って続けなさい」という暖かい言葉をもらいました(下写真)。これは角野さんにとって大きな励みになったようです。

憬れのピアニストを訪ねて演奏を聴いてもらう(注1)


そして最後に彼が訪れたのは、9.11 の聖地であるグランド・ゼロ。ワールド・トレード・センター跡地に建てられた「オキュラス」の大きなロビーの真ん中に置かれたピアノで、平和への祈りを込めた演奏を捧げます。そして、本稿冒頭の「ボレロ」を弾いたのでした(タイトル写真:注1)。彼にしかできない音楽への挑戦を決意した姿が印象的でした。(下写真もどうぞ)

ワールド・トレード・センター跡地に建てられた「オキュラス」(注1)
「オキュラス」の大きなロビーの真ん中に置かれたピアノ(注1)
決意を込めた「ボレロ」の演奏(注1)


一人の若者が、夢に向かって進む覚悟と勇気が強く感じられるドキュメンタリーでした。


−−−−
注1:NHK番組「街角ピアノ・スペシャル 角野隼人ニューヨークを行く」より

いいなと思ったら応援しよう!