卒業しました

去る3月11日、わたしはとある県立高校を卒業した。それと同時に、進学しないわたしは、「学生」というものからも卒業した。さっさと卒業したい、学校めんどくさい、嫌い、行きたくない。散々そんなことを言っていたけれど、いざ卒業すると少しは寂しい…のかな?登下校中のスクールバスでは常にゲームかTwitterか好きな人の曲を聴くしかしなかったわたしが。


ここで少し、振り返ってみようかと思う。

今思えば、とても浮いていた。中学生の頃までは周りにばかみたいに話しかけて、それなりに友達も居たし、まぁ、充実していた。けれど、高校に入学してからというもの、周りに話しかけることができなくなった。所謂中二病というものを引きずっていたのかもしれない。ふっきれたわたしは、一人で居るのが好き…みたいな、スカした奴になった。しかし、話しかけてくれた子が居た。それは、出席番号がわたしの一つ前の子。一緒に自習室の当番をすることになって、無言に耐えかねたのか、その子から口を開いてくれた。「ゲームとか、する?」他愛のない質問だった。「あんスタとか、FGOとか…」実際にしているゲームの中でも、その子がわかりそうな(わりと有名どころな)ものの名前を挙げた。するとその子は表情をその前よりも明るくして「そうなの!?わたしもやってるよ!!」と言って、フレンドコードやLINEを交換してくれた。高校での初めての友達ができた。その子から広がっていって、わたしはそのグループの子達と三年間仲良くさせてもらった。スクールカーストの最底辺の陰キャで特徴が無くてけれど変わっている……こんな奴と仲良くしてくれた子達には感謝しかない。

二年生の時は、一番学校に行きたくなかった。何か特別嫌なことがあった訳じゃない。けれどなぜか行きたくなかった。一度だけ、学校を休んで中学時代からの友達とミュージカル刀剣乱舞を観に行った日もあった。今では反省している。その後もちょくちょく学校を休んでいたら(元から体調を崩しやすいというのもあった)、体育の先生に心配されて、その後もたくさんお世話になった。「体育の教師はクソだ」と思って生きてきたわたしはその時初めてわたしなんかに優しい体育教師に出会えて、感動した。ちなみに修学旅行には沖縄に行った。別段楽しかった訳でもなく、つまらない訳でもなかった。その証拠に、記憶にはそんなに残っていない。ただぼんやりと「ああ巨人の宮國や大城の出身地だ」としか思わなかったのは覚えている。

三年生になると、必然的に担任や周りとも進路の話ばかりになった。わりと学校内では成績が上位だったわたしは(欠席が周りより多いというのもあったかも)、担任から大学への進学を勧められたけれど、わたしはもう学生なんてしたくないし、大学に進学したとしてやりたいことも無い。それに、この学校から行ける学校なんてたかが知れてる。そう思って断った。遠足はディズニーシーだった。帰りは、途中まで友達と池袋を散策したけれど、別れて一人で東京ドームで巨人対広島戦を観た。負けてしまったけれど、色々な意味で見応えのある試合だった。推しもヒット打ったし(その後牽制死したけど)。それと、ほぼ押し付けられるような形で学級委員になった。特になんの活動をした訳でもないし、もちろん、クラスを仕切ったりなんかもしなかった。存在意義の無さすぎる学級委員だ。とにかく早くやめてしまいたかった。


……以上がわたしの高校生活。文字に起こしてみると本当に面白みのないものだった。文化祭で化粧をしたり、体育祭にデコられたメガホンを作ったり、制服でプリクラを撮ったりなんかもしなかった。それでも、片手で数えて足りるほどでも、素敵な優しい友達に出会うこともできた。友達は数より質だ。本当にそう思う。

青春よりもオタ活を優先していたわたしは、周りの子が部活帰りや学校帰りにオシャレなケーキ屋さんやスタバ、ファミレスに行くのとは違って、部活も早々に幽霊部員になって、やめて、帰って即作業着に着替えてバイト。なんてことが当たり前だった。周りの子を羨ましいと思ったことはあっても、自分で選んだことに後悔はしていない。それでたくさん舞台の上からのキラキラや、球場での熱気を浴びることが出来たから。それがわたしの活力だったなぁとも思う。これからも、それが変わることは無いだろう。


上手く纏めるのも得意じゃないし、脱線ばかりする見にくいグシャグシャな文章だけど、これがわたしの三年間。「JK」なんてことは一度も実感しなかったなぁ。これから「JK」になる皆さんは、大事に過ごしてくださいね。長いけど、あっという間だから。



この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
4
しがないオタクです
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。