道灌山下 ふくや で夏をいただく
あまりにも暑すぎて何処へ出かける気にもならない。
こんな時こそ暑気払い。
店の最寄りの駅としては西日暮里になるのだけれど、目の前が道灌山下のバス停。
本数も多く、時間も読めるので開店時間に合わせて、陽が落ちる頃合いに上野広小路からバスに乗る。
先ずはお酒を。
ゆきの美人 → 上喜元 → 上喜元 の順でお銚子を都合三本。
お通しだけでも一合イケそうなくらいのものは出てくるのだけれど、すぐ出て来そうなものとして水茄子の浅漬けを。
本日のお勧めを見るとキスとメゴチの天ぷらがある。
悩んだ結果両方お願いする。
ここで悩み過ぎて忘れていた刺身盛り合わせも追加で。
お通しは、いつもの茶わん蒸しが熱々で出て来る。
冷たいものとして冬瓜とすじこ。
当たり前のようで当たり前ではない、すの入っていない茶わん蒸し。
限りなく液体に近い個体。
美味しさを躰に染み渡らせるように、喉を滑り降りてゆく。
火照った喉を、冷たいお酒で冷やす。 至福。
翡翠のような、透明感のある淡い緑。
皮目の残し方が絶妙。
隣のボックス席に来た常連と思しき家族連れのお客さんも「こんなに綺麗には煮られない」と感嘆。
大根おろしの上に鎮座ましました小振りのすじこ。
大根おろしとの量の対比を見て、双方を一と口に。
濃いめの塩気を大根おろしの瑞々しさと甘味が中和。
酒が進む。
そうこうしているうちに水茄子の浅漬け
咀嚼すると夏が染み出して、喉を潤す。
一つ添えられた茗荷もピリリと薫り高く。
キスとメゴチと、それぞれ天ぷらが揚がってきて、さらに刺盛りが届く。
刺身は後にして天ぷらを優先。
小振りなメゴチと大振りなキス。
甲乙つけがたいが私は松葉のように揚がったメゴチを愛する。
キスは身と皮だと身が主。 メゴチは身と皮とが同じくらい。
魚の皮が、私は好きなのである。
どちらも塩で。 と言っても、殆ど付けない。
箸で持って立てて、先っぽをチョンと。
それで十分。
キスには茄子が、メゴチにはピーマンが、それぞれ添えられている。
口の中で溶けて行く茄子、歯を立てると鮮烈な香りを放つピーマン。
夏野菜の天ぷらも頼んでおくべきだったが、後の祭り。
刺身盛り合わせ。
目にも嬉しい。
反時計回りに鮪、中落ち、金目、鯛(だったと思う)、鰯、縞鯵、鱧、雲丹。
森茉莉が手土産を選ぶ時の基準として「良いものを多くなく」と書いているが、それぞれに手の掛かった、切り身ではない「刺身」が幾種類か、もう少し食べたくなる量で。
どれから手を付けるか迷いつつ、金目から。
炙った皮目の香ばしさと、皮そのものの旨味、それに負けない身質。
忘れかけていた「白身の味わい方」を思い出しつつ、噛み締め、鼻腔の奥に抜けて行く香りを楽しむ。
鮪と迷いつつ、先に鱧を。
皮迄美味しく食べさせてくれる店の有難み。
雲丹から鮪へ。
噛み締めると言うより、潰すようなとろけさせるような、そんな感じで口の中に留まらせ、避けて洗い流して余韻を愉しむ。
最後に鰯。
仕入れてから美味しくなった頃合いで出す魚と、鮮度勝負の魚がさり気なく同居して、それぞれがそれぞれに旨い。
天ぷらについてきた余禄の骨せんべいで残ったお酒をやっつけてお会計。
この間、一時間くらい。
好い気分で店を出る。
次は、秋の気配が漂い始めた頃合いに。
(2024.08.14 記)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?