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わたしの病気について

前回の記事にわたしには基礎疾患があると書いた。

今回は、その話に触れてみようと思う。

この話はここで書こうと決めた理由でもあるし、避けて通れないもの。

そして、病気になって感じていることも併せて書こうと思う。

まだご覧になってない方は、簡単にわたしの自己紹介をしているこちらの記事を見て頂けると嬉しい。



わたしの現在の病名は、適応障害。

現在の、と言った理由は今は前よりも改善されたからこの病名になっている。


因みに最初に診断された病名は、うつ。


うつ、適応障害と言っても、人により症状は様々だと思う。

なので一概にこういう病気なんだ!と断言することはとても難しいだろう。


精神疾患は、目には見えないので傍目から見れば至って普通の人に見える。

少しでも休んだり、知人などに愚痴ったりすると

「そんな考えは甘えだ」

「そんなことを気にするお前の性格や考え方が悪い」


と追い打ちをかけられる。

酷い場合、相手から人格否定や存在否定をしてくることもある。

そう言われることを予想していること、そして、病気であることにどこか後ろめたさや偏見の目で見られる、差別されることを恐れ病気を隠して日常を送る人も多い。

また、病気のことを隠していても、人の心に平気で土足で踏み込み病気のことを言わせるよう強要し、挙げ句の果てに酷い言葉を吐き捨て致命傷レベルの傷を付け平気な顔をして自分は悪くないと言う者もいる。

実際、わたしもそういう目に何度も遭っている。

その度に、こころを痛め何度も何度も自分の存在を消したいと思った。

でも、わたしは臆病者だから自分の存在を消すことを行動に起こせなかった。

果たしてそれが良かったのか悪かったのかはわたしには分からないが、色々な方に支えられ何とか今も苦しみながら生きている。

こういう偏見と差別は、昔よりはなくなっているのかもしれないが、今でも根強く人の心の根底にあるのだなと自らが病気になってから痛感する。



今、心身健康であったとしてもいつ病気になるか分からないのに。

何故、精神疾患を持っただけで人格否定や存在否定をされないとならないのだろう。

「同じ人間のはずなのに、何故」

その思いがわたしの中に常にある。


わたしが自分の現状を公開することで何か変わることはないかもしれない。

だけど、病気と付き合いながらも何とか前を向いて頑張っている人がこの世にわたしも含めて沢山いることを知ってほしい。

そして、ほんの少しでも偏見や差別のない世の中になってほしい。

様々な障害を抱えた人達が、少しでも平和に、平等に暮らせる世界になって欲しいとわたしは心から願う。

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