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2.12 レトルトカレーの日

夜中に腹が減ったので、何か食べるものは無いかと冷蔵庫を開けたら中は空っぽであった。
正確に言えば、扉の方に生姜のチューブとパックの寿司に付いていた練りわさび、棚の方に干からびかけのチーズと脱臭炭は入っていた。
つまり、腹を満たせそうなものを対象とするのであれば中身は空っぽであった。と、いうことである。
仕方なしにアパート中のありとあらゆる戸棚を漁ると、納戸の奥に友人の結婚式の引き出物でもらった冊子で交換した高級ホテル仕様のレトルトカレーの残りが入っていた。
上下くたびれたスウェットで寝起きのまま一日を過ごし、指紋で汚れた眼鏡をかけ髭も伸び髪もボサボサの三十路男が誰もが知る名門高級ホテル仕様のレトルトカレーを食べていいものかと一瞬逡巡したが、裏面を見れば程よい具合に何日か前に賞味期限が切れていたので心の重荷は軽くなった。
私はいそいそと使い古した小鍋に湯を沸かし、銀色のパックに入ったレトルトカレーを温めはじめた。
米は無いが仕方がない。高級ホテル仕様のレトルトカレーはお上品な味だから、きっとルーだけでも行けるはずである。
熱々になったところでいざ、と皿に向かって封を開けると、あろうことかルーは火花を出して爆発した。
ぼうん、という音と共にカレー色のまあるい煙がむくむくと部屋に広がる。
爆発の余波で飛んだ眼鏡を拾って何が起きたのか確かめようとしたが、部屋の天井までカレーの煙が達するとスパイスのせいかバチンとブレーカーの落ちる音がして、辺りは真っ暗になってしまった。
私が口をあんぐりと開けたままカレーの匂いの煙に包まれているのを、窓の外から雲に隠れた月の光が喜劇のように照らしていた。

2.12 レトルトカレーの日
#小説 #レトルトカレーの日 #JAM365 #日めくりノベル #カレー

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