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焦燥という名の風船/『ぼくは勉強ができない』を読んで…

現状に不満はないけど、何か居心地悪い…

平穏な毎日を過ごしているのに、なぜか焦っている…

 そのような「違和感」を表すものとして、人間関係の悩み、将来への不安、そして過去の後悔など、多々挙げることができると思います。そしてそれらは、中学・高校などの学生時代に、または社会の荒波に揉まれるであろう社会人の頃に経験するのではないでしょうか。

 苦難やハードルを乗り越えることで、人は「成長」していくものだと思います。そして「成長」は、形を変え、「アイデンティティー」となり、自己を形成していくことでしょう。例えば、大学受験合格という原体験は「実践力」を育み、仲間と一つのことをやり遂げるという原体験は「利他性」を作り上げます。皆さんの中にも、そのような経験をしたことがあるのではないでしょうか?

 しかし、苦難やハードルの正体が分からない場合はどうでしょうか。「違和感」があるのに、その正体が分からない状態です。その場合は、ただ焦燥感に駆られるしかないのでしょうか?

 『ぼくは勉強ができない』の主人公・時田秀美は、まさにそのような境遇にいる存在として描かれています。学校の居心地の悪さ、そして窮屈さを感じている時田秀美は、家族、友人、先生、そして恋人をめぐる関係の中で、その答えを見出していきます。

今回は、そのような境遇にいる時田秀美の人物像に少し触れることで、山田詠美著『僕は勉強ができない』の魅力を共有できれば…と思っています!


勉強はできないけど、女性にモテる時田秀美


「ぼくは確かに成績が悪いよ。でも、勉強よりも素敵で大切なことがあると思うんだー」

 男子高校生の時田秀美は、勉強はできないけど、女性にはよくモテる存在として描かれています。そして、サッカー部の練習で汗をかき、恋人の桃子さんとはセックスをする日々を過ごす秀美は、勉強よりも重要視する、ある「こだわり」を持っていました。

ぼくは、いい顔をしていて女にもてる男を無条件に尊敬する。

 「ルッキズム」をこだわりに持つ秀美は、「いい顔」を基準に物事を考えていきます。勉強ができる人のことを「でも、おまえ、女にもてないだろ」と一蹴し、いい顔をしてない人が書いた小説や哲学本を、「おまえ女にもてないだろ。」と、その本のことを信用すらしません。

 強い「ルッキズム」と勉強への「敵対視」、この二つは秀美の支柱となり、秀美の人間像を型取ります。「勉強よりも素敵で大切なことがあると思うんだー」と考えるのも、以上のことが関係しているのかもしれません。

 では、なぜ彼は「ルッキズム」を重んじるようになったのか、また勉学を「敵対視」するのか?この答えは、是非『僕は勉強ができない』を読んで頂きたいと思っています。彼が抱える「違和感」を読み解く一つの鍵になると思われますので…。

おわりに


 以上、簡単ながら時田秀美の人間像について紹介しました。小説を読んで頂ければ、より複雑で濃密な彼の人間像を知ることができると思います。彼が何に共感し、悲しみ、そして面白みを感じるのか…屈折したキャラクターだけに、彼から共感できるところや学べるところがあるのではないかと思います。

 『ぼくは勉強ができない』は、9つの短編で構成されているため、普段は小説を読まない方でも、気軽に読めるのではないでしょうか。是非読んでみて欲しいと思います。