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ピアノ調律師がサイレントピアノをおすすめしない理由

「あ!別にピアノ自体の音がヘッドフォンから出てるわけじゃないんですね!」

よくある勘違い。ピアノ用のサイレント装置の話です。

サイレント機能付きのピアノでヘッドフォンから出てくる音は、そのピアノとは全く無関係の音です。

サイレントピアノを買おうと思っている方。
今持っているピアノに取り付けようと思っている方。

仕組みを説明すると「どうするかもう一度考えます」となることが多いです。

サイレントピアノは現代の住宅事情の救世主となり得る一方で、万人にはオススメできない問題点も数多くあるので、そのあたりを書いていきたいと思います。

ピアノの音が消えるしくみ

ピアノは鍵盤を押すことによって「ハンマー」が動き、「弦」を叩くことで音が出ます。

サイレントピアノには、普通のピアノには無い部品「消音バー」がハンマーと弦のあいだに入っています。

消音バーは長い金属の棒です。サイレントOFFのときは関係ない位置にありますが、サイレントONにすると全てのハンマーの動きを止める位置に移動します。

その状態で弾くと、ハンマーは消音バーに阻まれて途中までしか進めなくなります。鍵盤は動くけどハンマーが弦を叩かないので、ピアノ自体の音は出なくなります。

エアーピアノ?エアーハンマー?そんな感じの状態です。

ヘッドフォンからの音の正体

サイレントピアノのもうひとつ重要な部品が、「センサー」と「音源」です。

鍵盤の下にセンサーが取り付けられていて、鍵盤を押すとその動きを感知します。

どの鍵盤がどの強さでどの長さ押されたかを検知、そしてそれに対応した電子音源の音がヘッドフォンから鳴ります。

そうなんです。サイレントピアノのヘッドフォンから出てくる音はあらかじめ録音(サンプリング)された別のピアノの音です。

サイレント装置はいわばピアノに電子ピアノを組み込んで、ピアノと電子ピアノのハイブリッドにする装置です。専門的な言い方をすると、サイレント状態のときには「ピアノ自体の音をミュートし、鍵盤部分のみをMIDIキーボードとして使い、MIDI音源を鳴らしている」という構造です。

あるときは普通のピアノ、あるときは電子ピアノになるのがサイレントピアノです。そう聞くとピアノをアップグレードする夢の機械にも感じます。でもここからが本題で、調律師が安易におすすめできない問題点が結構あるのです。

サイレントピアノには、ピアノにはもともと無かったたくさんの金属やプラスチックの部品をとりつけることになります。

少し古いモデルですが、これだけたくさんの部品が追加されます

異音が出やすくなる

そうでなくても振動と繊細な部品のかたまりであるピアノという楽器。

センサー、消音バー、音源ボックス、ケーブル、大量のネジ類など、サイレント機能のために追加した部品に共鳴しての異音はかなりの確率で起こります。

YAMAHAの最新サイレントでも操作ボックスの共鳴はもはや定番

ただでさえ狭いピアノの内部。もともと余裕など無いところにたくさんの部品を無理矢理とりつけることでの弊害は他にも...

メンテナンス性が悪くなる

たくさんの追加部品が、ピアノ自体のメンテナンスをするための邪魔になることがあります。

修理のたびにサイレント周りの装置の脱着・調整が必要だったり、本来は数分でできる作業が1時間レベルの作業になることも。メンテナンスに手間や時間がかかり、費用も高くつきやすくなります

また、製品は複雑になればなるほど故障しやすくなるのが常です。部品の数が増えるとその分、予期せぬ不具合のリスクが高まります。

しかしここまでの問題はまだ良い方です。起こる可能性があったり不具合が出やすくなる、と言うものなので、ピアノや環境によってはもしかすると全くデメリットにならないこともあります。

一番の問題は、確実に発生するデメリット。しかもピアノ自体の根幹に影響してしまう変化があります。

タッチと音が変わってしまう

サイレント装置を取り付けると必ず、消音バーとハンマーが干渉しないよう、ハンマーの動きを大きく変える必要があります。

「レットオフ」という、タッチと音に関わる重要な調整をわざと大きくずらすので、強弱が反映されづらい平坦であいまいな音色になってしまいます。

ここの調整は、普段は隙間を2mmにするか2.5mmか、と言う細かさで考えている部分です。それを7mm近くまで強制的に広げないといけないので、ピアノとしてはかなりの変更です。

ピアノ側の調整は瞬時に変更する手立てがないので、サイレントOFFにして普通のピアノとして弾くときにもその影響は続きます

「サイレント装置をつけてもピアノのタッチや音には影響ないですよ」という説明を受けることもあるようですが、嘘です。実際にはタッチも音もそのピアノの100%は出せなくなってしまいます。

以前は鍵盤とセンサーが直接接触する「物理センサータイプ」だったため、その接触音やタッチの違和感がありましたが、最近のモデルは非接触のセンサーがほとんどで、その問題は解消しています。

逆に言えば古いサイレントピアノはその問題が残っているため、タッチはより通常のピアノから離れてしまいます。

電子部品は寿命が短い

50年以上持つピアノに対して電子部品の寿命は10年くらいと短く、ほぼ確実に先に寿命が来ます。サイレント装置部分が壊れたり古くなって使えなくなった場合、ムダに機械がついている状態となってしまいます。

そしてサイレントピアノを売却する際には、電子部品の寿命の短さや、取りつけの際にピアノに穴をあけていることなどが査定上マイナスになる傾向が。

サイレントピアノは、「電子ピアノと2台置かなくて良くて・タッチは電子ピアノより少しだけピアノに近い」というメリットを得るために、100%の音とタッチが出せなくなり・異音の恐れが増えて・メンテナンスがしづらくなる」というデメリットが発生してしまうもの。

と、ここまでサイレントピアノをさんざんdisってしまいましたが…それでも夜間に練習したい、まわりに練習している音をあまり聞かれたくない、というご要望は多いと思います。

サイレントピアノが欲しいと思ったら

まず検討してもらいたいのは、スペースがあれば電子ピアノを購入してピアノとの2台持ちがおすすめです。

サイレントのご相談には、まずはこれをお伝えしています。サイレント装置分の予算で、じゅうぶん良い電子ピアノが買えてしまいます。

サイレントピアノでできることは基本的には電子ピアノでできますし、むしろ高機能。壊れたり使わなくなったときの買い替え、処分もカンタンです。色々な面でほとんどの方にメリットが大きいと思います。

万が一ピアノの調子が悪い時にひとまず電子ピアノで…と言う保険にもなりますしね。

サイレントピアノは言うなれば「ソファベッド」のようなもの。スペースが無ければ仕方ないですが、そうでないならソファとベッド、それぞれ専用のものが絶対に良いのと同じことです。

「それでも実際のピアノの鍵盤部分を使う分、電子ピアノよりはピアノに近いタッチだから...」という意見もありますが、ハンマーと弦の物理的な接触や、物体としての音のゆらぎも含めて初めてピアノらしいタッチと言えるので、そのメリットは少ないように感じます。

サイレントピアノはこんな方に適しています

・追加で電子ピアノを置くスペースの確保がむずかしい
・生音で弾くことがほとんどできない環境で、ほんの少しでもピアノに近いタッチで弾きたい
・どうしても電子ピアノのビジュアルで弾くことに違和感がある
・他の機器に繋いで、ピアノの鍵盤を外付けMIDIキーボードとして使いたい(モデルによってできるもの、できないものがあります)
・そこまで古くないヤマハのピアノ(取り付けるのに無理が無いことが多いです)

とにかく最大のメリットは、ピアノの中に電子ピアノを入れるので新たにスペースがいらないことです。あとはピアノの外観のままヘッドフォンでの練習ができることでしょうか。

デメリットと照らし合わせてメリットを感じられるようであれば“絶対に無し”ではありません。実際にお客さまでも、これらの仕組みを理解したうえで取り付ける選択をされた方はいらっしゃいますし、取り付けたことにはもちろん満足されているようです。

こんな方には適していません

・そのピアノの100%の状態で弾きたい
・繊細なタッチが音に反映されてほしい
・少しの共鳴音も気になる
・電子ピアノを置くスペースが確保できる
・古いピアノ、背の低いピアノ

すでに取りつけをされた方や、サイレントピアノを購入した方などにこれらのご説明をすると「知っていればいらなかったかも...」と言うことが結構あります。最近はいらなくなったり故障したサイレント装置を外すご依頼も増えています。

サイレントピアノを検討されるということは、音の問題でお困りだったり心配ごとが少なからずあるはずです。

でも実はサイレントピアノが最適解では無いことが多いと言うことは知ってもらいたいと思います。

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つくし@ピアノ調律師の書斎
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