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音が出なかったピアノが本来の音を取り戻すまでの調律師の日記

ピアノ調律師の書斎

「息子が来週音大受験なのでピアノを見て欲しい」

急な依頼は結構多い。
何十年ぶりに弾きたくなることもあるし、昨日までは音の狂いが気にならなくても今日急に嫌になることもある。さっきまで大丈夫だった音が急に出なくなることもある。

1回目の調律
2021年1月 曇り

ピアノは1966年製のイースタイン。

国産の名器と言われるピアノ

事前に「黒鍵で出ない音がある」と言うことを聞いていたが、実際にピアノを開けてみると黒鍵どころではなく1/3近く音が出なくなっている。
調律は23年ぶりで、その前も15年くらい空いている。音の狂いも相当なもので錆びた金属を無理矢理叩いているような感覚。

動きが悪い音にチョークで印をつける。以前の調律師の印の跡も。

お客さまにはすぐに万全に戻すのは不可能なことを伝えご了承頂く。今回は事情が事情なだけに早めにどうにかしたいところだけど、時間だけは早送りすることができないのでもどかしい。

まずは緩んでいるネジ300箇所くらいを締め直す。音が出ないところは軸の部品を交換するのがベストだけど、ざっと数えただけでも50箇所を超えている。
時間が限られていることもあり、今回は300近い数の軸に専用の潤滑剤を差す対処に。これで治ればラッキー&今後の予防にもなる。

幸運なことにとりあえず音は出るようになり、音の高さはピッチ430Hzだったものをピアノに負担のないようギリギリの435Hzまで上げて初回は終了。まだ全然ピアノらしい音とは言えないけど、とりあえずは弾ける。息子さんの合格を祈る。

2回目の調律
2021年7月 雨

半年後の調律は夏。
この場所は外から一歩入ったお店スペースなので、ふつうの住居よりも湿度が高い。

この日は雨なこともあり湿度を計測すると82%(!)
鍵盤の縦方向の膨らみはかなりあるようだけど、音が出ないところは再発していないようでひと安心。

音はやはり湿気の影響を受けていて、前回合わせたピッチよりも1Hz上がっている。
ただ、この高湿度と鍵盤の膨らみ具合を見るともっと上がっていてもおかしくない...けどそこまでではないと言うことは、長年調律をしていなかったことによる下がろうとする力も相当強いのがわかる。

むしろ前回の430Hzというのはそれでも湿気によってピッチが上がった結果で、本来のピッチはもっと低かったことが予想できる。長年の歪みによる音の下がりと、現在進行形の湿気による音の上がりのダブルパンチ。安定にはまだ時間がかかりそう。

丁寧なつくりなので、古くても調律がちゃんとできるのはさすが

今回は少し弦も磨き、調律はピッチを436Hz→440Hzまで上げることができた。音に少し張りが出てきた感触。息子さんは無事合格したようで良かった。

3回目の調律
2022年2月 晴れ

さすがに冬は乾燥していて、湿度は40%。
ピッチは437Hz。一見前回と狂いは同じくらいに見えるけど、夏の437Hzと冬の437Hzはワケが違う。乾燥の影響で下がっている分もあるはずで、それでもこのくらいのピッチでとどまっているということは少し安定に近づいてきたと言える。今回も440Hzまで上げる。

お客さまが1音だけ出づらい音があるとのことなので分解してみると、確かに部品がキツくなっていた。これは前々回の潤滑剤だけでは抑え切れなかったと言うことなので、軸の部品を交換。

ピンポイントのご指摘は助かる

4回目の調律
2022年9月 晴れ

ピッチは441Hzと少し上がっていたが、今までのことと湿度の高さを考えるとかなり安定したと言える。ゴルフで言うとグリーンに乗った感じ

ここまで来ると優先度がそこまで高くない作業をおこなう余裕もあって「少し怪しいかな?」レベルの部品をいくつか交換することもできた。

今後のメンテナンスの支障になりそうな部品も交換しておく

今回の作業で70%くらい安定したと言えそう。あまりこねくり回すのも良くないので、お客さまと相談をして「何もなければ次回は1年後にしてみましょう」と言うことに。

ここまで1年半かかったが、最初とは比べ物にならないくらい良くなったと思う。このピアノが造りや材料が良く、手を入れた分きちんと応えてくれるのも幸いだった。これからがさらに楽しみ。

まとめ

今回は調律師がどんなことを考えながらメンテナンスしているかが伝わればと思い、思ったことわりとそのままの日記風に書いてみました。

ゆえに専門的な前提に基づいて説明不足な部分もありますが、古いピアノがどんな感じで戻っていくのか、少しでも伝われば嬉しいです

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