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「テセウスの船」的にピアノのことを考える

「テセウスの船」というパラドックスがあります。

ギリシア神話の英雄テセウスが乗っていた船。長年のあいだ木材の交換修理が繰り替えされ、多くの部品がオリジナルと置き換わったとき、今のテセウスの船と元々のテセウスの船は果たして同じ船と言えるのか?という問題。

言い換えるとモノのアイデンティティはどの部分に宿っているのか?ということでもあると思います。

ピアノはどうなんでしょう?

切れた弦を張り替えたり、ちょっとした部品を交換しただけではもちろん元のピアノと変わらないと言えます。

では弦を全て貼り替えたピアノは?ハンマーを交換したピアノは?

どちらも音に影響のある大きな部品交換ですが、それだけではそのピアノのアイデンティティは揺るがないと思います。では(現実的ではないケースですが)音を響かせる響板を交換した場合は?外装を交換して見た目が全く変わったら?もう別のピアノと言えるかもしれませんがどうでしょうか。

工業製品としてはフレームに製造番号が刻印されていますが、そこが核かと言われると...

考え始めると眠れなくなります。

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大事なのは特定の「なにか」ではないのかもしれない

例えばなんらかの理由で30年ぶりに再会したピアノがあって、知らない間にほとんどの部品が交換されている状態だったらその人にとっては以前のピアノとは全く違うピアノだと感じる気がします。

でも同じ状態でも、30年間ずっと手元にあって色々と交換したことも思い出としてある場合、オリジナルの部分が残っていなくても音がガラッと変わっていても同じピアノだと感じられると思います。地続きな感じが重要というか。

20年メンバーチェンジを繰り返してきたアイドルグループはオリジナルメンバーが全員いなくてもそのグループだと感じますが、もし20年ぶりにグループが復活!全員新メンバーです!となったらう〜ん...?と思いますもんね。

モノのアイデンティティは意外とそのモノの外部、誰かの「記憶」にあるのかもしれません。

以前調律をしたピアノの中に、持ち主の方がそのピアノの前に所有していたピアノの部品が丁寧に革の巾着に入れられて入っていたことがありました。

部品はピアノの屋根のストッパーで、到底ピアノのアイデンティティとなるような重要な部品ではありませんでしたが、前のピアノの思い出としてとってあるんだろうなと言うことがわかるような大切なしまわれ方でした。

その方にとっては今はその小さな部品が、前のピアノそのものだということに答えがあるような気がします。



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ピアノの調律師をやっています。同じく調律師の妻とピアノが好きな文鳥と3人暮らし。 ピアノや仕事について考えたことを書いています。