サムネ_新_

【第87回】適当な定食屋に入って適当な昼食を食べよう!(韓国旅行記 Vol.5)

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この韓国旅行記は連載です。【第83回】まったく才能が無い男たち。(韓国旅行記 Vol.1)から読むと一層楽しめます!

おなかいたい。いたいよぉ。

そして、さむい。

韓国旅行3日目の朝。宿のトイレで僕は凍えながらお腹を抑えていた。

オンドルはとても暖かったのだけれども、さすがにバスルームまでは通っていないので、トイレがめちゃくちゃ寒いのだ。

昨日は朝5時半ぐらいから日付が変わるまでアクティブに活動して極度に疲れていた。そこにアルコールが入った体。更に極寒の中でお湯のぬるいシャワーを浴びたせいで最悪の体調だった。

明け方になるとオンドルがオフになったようで、余計に辛かったのだ。妙に熱っぽいし。

そんな最悪の形で3日目はスタートした。


戦争記念館

ぐるぐると気持ち悪さを感じながら睡眠と覚醒を繰り返していて、「今日はもう宿でじっとしてようかな」と思い始めたころ、やっと体調が回復して動けるようになったので身支度をして出かけることに。やっぱり部屋にこもり切りはもったいないので。

既に10時を過ぎていたけれども、まあしょうがない。こういう旅行があってもいいでしょう。

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宿から出てすぐ撮った写真。
こうみるとやっぱり日本とよく似てる。

正直、拳銃を撃つことと独立記念館に行くことばかり考えていて、あんまり観光プランを練っていなかった僕は、とりあえず戦争記念館に足を運ぶことにした。

戦争記念館とは朝鮮戦争を軸として、朝鮮半島の様々な戦争を展示した博物館のことだ。特に朝鮮戦争は、言ってしまえば昨日行った独立記念館の続きの話。韓国を知る上でも行く価値がある場所だと思う。

今回の旅では「歴史」という一つの軸があったので、割りとすんなり行き先が決まった。そう考えるとテーマを決めて旅をするのもいいと思う。

とりあえず目的地が決まったの宿の最寄りである木洞駅から三角地(サムガッチ)駅へ移動。

戦争記念館は、そのすぐ近くにある。

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道中で見つけた案内標識。
いくさメモリアルホールって訳し方が面白い。

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記念館の外観。
国旗は国連軍として朝鮮戦争に参加した国のもの。

記念館の敷地に足を踏み入れると、思わず「でっか…」と声が漏れてしまった。東京都同じく土地面積の狭いソウルのど真ん中にあるとは思えないほど広い。

戦争記念館に到着した時点で12時近くになっていたので、主要な朝鮮戦争の展示だけを見て回ることにした。他にもいろいろ観光したかったので。

※朝鮮戦争とは:1950年に勃発した北朝鮮と韓国が朝鮮半島の主権を巡って戦争。当時、朝鮮半島は1945年の日本の敗戦後、米ソの覇権争いによって分断され、両国とも1948年に建国されたばかりであった。北朝鮮の韓国侵攻によって始まったこの戦争は、韓国側にアメリカを中心とした西側諸国で構成された国連軍が、北朝鮮側に中国やソ連といった東側諸国が味方についた。その後、1953年に休戦協定が結ばれたが平和条約が結ばれぬまま現在に至る。

展示を見て回る中で「北朝鮮からの侵略を勇敢な韓国軍の兵士や自由主義の各国の人たちが戦い退けた」という一つのストーリーが浮かび上がってきて、非常に面白かった。何が面白いのかというと日本で戦争(特に明治政府発足以後に起こったもの)を展示したり語るときは戦争の辛さや悲惨さにフォーカスすることがほとんどなので“称えられている”ということ自体が非常に新鮮だった。

独立記念館でも感じたのだけれども、韓国という国の歴史観というか価値観には「韓民族は偉大であるということ」と「(北朝鮮ではなく)韓国こそ正統な政府であるということ」の大きな2軸があるような気がする。

この民族性を刺激し愛国心を高める感じ、いわゆるナショナリズム的な発信は非常に上手だと思う。それもあって、朝鮮戦争の重要な転換点である仁川上陸作戦の展示を見終えたあとは、なぜか僕まで「すげー!」といった感じで少し高揚してしまった。

※仁川上陸作戦とは:ソウル西方約20キロメートル付近の仁川へ上陸し、北朝鮮よりソウルを奪還した一連の作戦・戦闘のこと。これによって朝鮮戦争勃発以降、後退を余儀なくされ釜山周辺まで追い詰められてた韓国国連両軍だったが、北朝鮮軍の補給路を断ったことで戦局が逆転した。

この記念館でも独立記念館でも、学校の課外授業で小学生くらいの子たちが訪れていたので、韓国という国のアイデンティティーは建国近辺にあるのだと思う。

ただ、ここまで一方的に韓国目線で展示が作られていると北朝鮮側が、この戦争をどのように捉えているかが気になってしまった。韓国(そして国連)としては北朝鮮が韓国領に侵略を仕掛けてきたと解釈しているが、北朝鮮は朝鮮戦争を『祖国解放戦争』と呼び、朝鮮半島南部を不法占拠している勢力から解放するために行った戦争と解釈しているらしい。

外貨提供になってしまうので、あまり褒められた話ではないけれども、北朝鮮へ旅行する手段もあるらしいので、機会があれば行って、そちら側の歴史観にも触れてみたいと思う。

僕らが学ぶ日本史では朝鮮戦争は「戦後復興を後押しした朝鮮特需」と「アメリカの占領方針の転換による警察予備隊(後の自衛隊)の発足」という日本への影響面でしか勉強しないので、戦争記念館に行って展示を見たことで一気に像が明確になった。そういったことだけでも行ってよかったと思う。

韓国は隣の国なのに知らないことが多すぎる。もっと勉強してみたい。


適当な定食屋に入って適当な昼食を食べよう!

戦争記念館を後にした僕は、朝から何も食べておらず、さすがにお腹がすいたので昼食を食べることにした。

1日目、2日目とちゃんと調べて有名店に行ったので、今回は適当に行ってみよう。地元の人しか利用しないような少し寂れた定食屋にふらっと入るのが結構好きなので、そういったことをしようというわけだ。

独立記念館周辺を飲食店がありそうな方向にプラプラ歩いていると良さそうな店が。

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店名は「할매순대국&양선지해장국」。
日本語訳はわかんない。
公式ホームページを見る限りフランチャイズ契約の店っぽい感じ。

韓国語は一切わからないし英語も通じ無さそうだけど写真のメニューがあるのでなんとかなるでしょうと思い入店。

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店内はいい雰囲気。

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壁のメニューを見て適当に指差し注文。
すぐ隣の国なのにメニューに馴染みが一切ないのが笑える。

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あとから調べてみるとコムタンという料理名らしい。
お値段8000ウォン(当時のレートで約800円)。

言葉が通じなくても注文できるのは、これまでの旅行でわかったけれども、やっぱり緊張するので、ちゃんと料理が出てきたときはホッとした。

さっそく口に運ぶと(おそらく)牛タンの入った見た目以上にあっさりとした上品な味がした。春雨のような麺が入っていてヘルシーな感じ。今朝は体調が悪かったので、こういった料理はありがたいかも。

ただ少し上品すぎて物足りないかもなーと思っていると、店員のおばちゃんが「塩を入れるのよ」と教えてくれた。なるほど。そうやって食べるものだったのか。

確かに塩を入れたことで味がくっきりとしたし美味しい。やっぱり韓国料理は口に合うなぁ。

こういった感じで、自分が何を注文したのかもわからないし何を食っているかさっぱりわからない感覚は結構楽しかったりする。

有名店もいいけれど、君も適当な定食屋に入って適当な昼食を食べよう!楽しいぞ。


朝鮮戦争は終わっていない。

お腹もいっぱいになったところで観光を続行しよう。戦争記念館のあと何をするか全く決めていなかったので、いろいろと考えた上で李氏朝鮮時代の王宮たちを見に行くことにした。

もう一度三角地駅に戻り、そこから地下鉄を乗り継いで市庁(シチョン)駅へ。

しかし、ソウル地下鉄の駅は構造自体はシンプルなのだけれども、想像より広くて移動が大変だ。それはきっとソウル地下鉄そのものが有事の際のシェルターの役割をしているからだと思う。

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ソウル地下鉄には
シェルターを表すマークが至るところにある。

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こちらはガスマスク。
こちらもどの駅にも常備されている。

こうした光景を見ると朝鮮戦争は終わっていないのだなと思うわけだ。ソウルから約40キロ先はもう北朝鮮。驚異はすぐそこにある。

早く平和になってほしいと願わずにはいられない。


撮りつ撮られつ。

市庁駅を出るとすぐにソウル特別市庁が目の前に見える。ソウル駅と同じくガラス張りの近代的で特徴的な建物が美しい。

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ソウル特別市庁の前には旧庁舎が建っている。今は図書館として活用されているようだ。

建物の雰囲気から日本統治時代に建てられたものかなぁと思い調べてみると、どうやら思ったとおりそうらしい。京城府庁舎として使われていたらしい。

※京城府:日本統治時代のソウル特別市の呼び名。

朝鮮総督府は解体されてしまったが、こちらは旧ソウル駅と同じように文化財指定され保護されているようだ。なんだか不思議だ。

そういったソウル特別市庁から道路を挟んで反対側に徳寿宮(トクスグン)と呼ばれる宮殿があったので行ってみることに。おそらく李氏朝鮮時代の宮殿は景福宮(キョンボック)有名なのだけれども、そこに行ったざわけんが「韓服(ハンボク)を着た人達のインスタ映えスポットになってた」と、言っていたので、敢えてこちらを選ぶことに。

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徳寿宮の正門「大漢門」前で行われる衛兵交代儀式。
韓国語、英語に加え
中国語や日本語のアナウンスもある。

入場料は1000ウォン(当時のレートで約100円)だった。

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中に入るときれいに紅葉している木々が目に入った。日本よりも若干紅葉の季節が早い。

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日本と似ているようでどこか違う建物たちは見ていて純粋に面白かった。誤解を恐れずに言うと、ここに限らず韓国は並行世界に迷い込んだ感覚になるので歩いてて楽しい。

そんな事を考えていると、遠くから手招きする2人のおばちゃんがいた。

え?僕?

何かをこちらに向かって言っている。あいかわらず韓国語は一切わからないけれども、どうやら見る限り紅葉を背景に写真を撮ってほしいらしい。

断る理由もないので快諾。写真を撮ってあげた。

最初、僕のことを韓国人と思っていたようだったけれども、簡単な英語で話すと簡単な英語で返してくれたので助かった。

なんとか手伝うことができてホッとした僕は、スマホを返し立ち去ろうとしたのだけれども呼び止められた。

「あなたもの撮ってあげるわよ」

一瞬、僕のスマホ盗もうとしてる?といった考えが頭をよぎったが、これは善意だろう。せっかくなので撮ってもらうことに。

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カメラが壊れているせいで取り直しをなんどもさせてしまったけれども、善意が嬉しかった。本当に韓国は優しい人ばっかりでいい国だなあ。

日本が時代を経て失ってしまったものが、まだ韓国に残っている気がする。まあ僕は、そんな昔のことは知らないけれど。

タルンイでソウル市内を駆け抜ける!

写真の一見で胸が暖かくなった僕は、満足して徳寿宮を後にした。

さて、これからどうするかなぁと思いながらソウル市役所付近をぷらぷらと歩く。

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フォトジェニックなスポットもあった。

そうしているとタルンイが目に入った。

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タルンイとはソウル市内で利用できるポート型(決められた場所であればどこで借りても返却してもいいタイプ)のレンタサイクル。1日券が1000ウォン(当時のレートで約100円)で連続一時間まで乗り放題。最高。

今こそ、上海、タイと自転車に乗れなかった雪辱を果たす時!

タルンイは公式サイトの指示に従えば簡単に利用ができる。便利だ。

こうして自転車に乗った僕は、とりあえず景福宮を目指し北上してペダルを漕ぎ出した。

最後に

振り返ってみるとソウルって観光するところがいっぱいありすぎて困りますね。また行きたいな。

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