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レモンティーとセーラームーンのタイムトリップ

2020年4月。
自粛要請を受け、今までの目まぐるしい毎日が夢だったのかと疑いたくなるほど、家にいる時間が増えた。

リモートワークの合間に進めていたことの1つが、部屋の掃除だ。
夏服の整理も大体終わったかというタイミングで、本棚の奥に眠っていた昔のアルバムを引っ張り出してみる。
アルバムの中にあったのは、予想通り、忘れられていた、"あの頃"の数々。

思い出したい過去もあれば、なかったことにしたい過去も、正直ある。
ーーそれがどちらかはさほど重要ではなくーーただ、1枚の写真を見るだけで鮮明に思い出せる予想外の"記憶"があることに、私は驚いた。

例えば、公園にひっそりと佇む赤い自動販売機の写真。
人は誰も写っていないボケた写真だけれど、これを見るだけで頭の中は一瞬で3歳にタイムトリップできる。

近所の公園の砂場で兄と丸めた泥の感触。
父と遊んだ、公園の中心部にある大きな水場。
ターザンと呼ばれる錆びた遊具。
1時間遊ぶと母に呼ばれ、必ず日陰で10分以上の休憩をとるように言われていた。休憩スペースには、木のベンチがあった。ベンチを囲むように並ぶ何台もの自動販売機の中で、必ず買ってもらうのが、赤い自動販売機の下段にある缶のレモンティーだった。

お酒の味がわかる年になった今でも、あのときのレモンティー以上においしい飲み物に出会ったことがない。
泥だらけの体に染み渡る、人工的な甘酸っぱさ。鼻にぬける爽やかなレモンの風味が最高に心地よかった。

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セピア色の街並み。私が物心ついて初めて香港へ行った時の写真だ。
この頃の私は、もっぱら「セーラームーン」にハマっていた。毎日アニメを繰り返し見ては、セーラームーンごっこ。シャツもカバンも文房具も、セーラームーンのキャラクターで揃えていたし、サンタクロースにはセーラームーンの変身グッズを頼んだ記憶がある。
それが架空の物語だと小さな頭でわかってはいたが、その反面、本当にセーラームーンになりたいと思っていた。

香港では、家族みんなで大きなテーブルを囲んで食事をする習慣がある。日本の家族とは比べものにならないくらい大勢の親戚と一緒に夕食をとった後は、地下のおもちゃ売り場に連れて行ってくれ、とねだった。

当時はまだ新しかった「カードダス」。日本にはないキラキラのカードのガチャガチャを、香港にいるこの瞬間だけ多めに買ってもらえるのがわかっていた。(今思えば、大人たちも旅行で浮かれていたのだろう)

3歳の私にとって、ただ目の前のカードダスを何回まわせるか、どれだけレアなカードが出るか、ということだけが重要だった。

大人になった今、あの時カードダスでどの絵柄が出たかなんて、もちろん覚えていない。薄暗い地下道、水が落ちる音、独特な香辛料の匂いーーただこれらは、はっきりと思い出すことができる。

ーー不思議なもので、目に見えたモノやコトだけでなく、味や匂い、音や感触まで思い出せてしまう予想外の記憶というものが、たまにある。

さらに掃除を続けると、引き出しの下から小さな箱に入ったカードが見つかった。「たからばこ」と書かれた小さいテープが貼られていた。

あれから四半世紀。
未来にも残したい記憶や思い出は、今あるか。
"たからばこ"にしまっておきたいほど、心震えることがあったか。
今生きているこの時代も、20年後に匂いや音、感触まで思い出すことができるのか。

自粛期間だから。
自分は直接医療従事者の力になれないから。
やる気が起きないから。

そんな理由をつけて、五感を怠けさせている場合ではない。
楽しいことは、自分から探しにいかない限り、見つからないのだから。

3歳の頃の写真は、多分そんなことを言っていた。

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食べる、書く、聴く、が好きな企画広報OL。早稲田大学 文化構想学部卒。ビールの売り子をしていたほどの野球好き。香港と日本のハーフ。女性雑誌のオンラインサイトをはじめ、ライターとしても活動中。
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