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りりあ
2024年7月28日 11:49
〈第1話〜4話〉・・・「東京の今日の最高気温は三十四度です」 今朝のニュースを、ふと思い出す。まだ七月に入ったばかりなのに、夏を絵に描いたような快晴だ。久しぶりの現場で、私は全身から汗が噴き出るほど慌ただしく走り回っていた。「こちら高橋です。深山さん、取れますか?」 いつも冷静な高橋主任の声が、今日はどことなく高揚している。外れかけたイヤモニを、 慌ててセットし直した。「深山です
2024年7月28日 11:32
〈第1話〜3話〉・・・「やっぱりすごいと思うよ、駿介は」「……こんな話してるのに、か?」「うん。だって、普通はそんな辛いとき、ぐうたら過ごす人がほとんどだよ」「ははっ。なんだよ、それ。そんなこと、ないだろ」 心底わからないという表情のまま、駿介は首をかしげていた。「ううん、そういうものだよ、普通はね。でも、駿介は違う。自分を見つめ直すために、きっと色々したんでしょう。いつもは出な
2023年9月4日 12:29
〈第1話・2話〉・・・ チリン、チリン。 夏でもないのに、なんでいつもこのお店には風鈴があるんだろう、と高三の私が呟くと、駿介は迷わず、風鈴は癒しの音だからだろ、と答えた。 あの時と同じ音が鳴ったことに、少し驚いた。「いらっしゃいま……」 花柄エプロンの店主が、奥からひょっこり顔を出した。目をまん丸に広げたまま、口元をマスクの上から抑えている。「お久しぶりです、みつこおばちゃん」
2023年7月17日 12:21
・・・「ところで、今日はなんで参加したの? 暇だから、だけじゃないでしょ。あんたの性格からすると」「うわー、そんなことまでわかんのか。さすがだね、キャリアウーマンさん」「もう。そんなこと言うなら、この先ずーっとスーパースター様って呼ぶからね?」「お願いだから、それだけはやめてくれ」 くだらない話を続けていたら、いつの間にか緊張はほぐれていた。それと同時に、どんなに頑張っても駿介に敵わな
2022年1月28日 16:49
「おつかれさまです。鍵、お願いしまーす」 時計の針が、八時をさしている。今どき珍しい手巻き式の腕時計は、祖父から受け継いだ大事な形見だ。レトロなデザインで気に入っているけれど、ずぼらな性格の私は一昨日から一度も巻いておらず、当然ぴくりとも動いていない。それなのに、低いガラス戸をカラカラと開けながら、今日は絶対に最後じゃないぞ、と思った。「はい、Bの三番、受け取りました。深山ちゃん、今日も最後だ