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【美術・アート系のブックリスト】 グレイソン・ペリー著『みんなの現代アート──大衆に媚を売る方法、あるいはアートがアートであるため』  フィルムアート社

 皮肉とユーモアでふざけつつ、ときどきアートの核心をついて真面目に現代アートを語る本。元となったのはBBCラジオ「リース・レクチャー」での講義で、同番組始まって以来一番の人気となったといいます。
 著者グレイソン・ペリーはイギリスの著名アーティスト。陶器の彫刻やタペストリー、写真といった作品のほか、男性なのに女性用の服を着るドレスクロッシングでも知られているようです。ターナー賞受賞作家であり、この本を出版した翌年の2015年にはロンドン芸術大学の総学長に就任しているから、バリバリの現代アーティストといっていいでしょう。

 そんなアーティストが、権威を否定するような皮肉と反骨心で書いているところがミソであり、魅力。原題は「Playing to the Gallery: Helping Contemporary Art in Its Struggle to Be Understood」。Playing to the Galleryとは「観客に迎合する」という決まり文句。つまり「観客に媚びを売って、理解してもらおうと努力する現代アートを助けよう」となります。それがなぜこんな日本語訳になってしまったのかは判然としません。
 さて現代アートは大衆文化であるという大前提から話ははじまります。人気とは何か、大衆とは何か、美しいってどういうこと? といった疑問にぶつかっては答えを見出せないまま、過去の偉大なアーティストや哲学者、美術評論家の言葉をときに感心しながら、ときにコケにしながらアートを語っていきます。アーサー・C・ダントーやジョージ・ディッキーといった現代アメリカの芸術哲学までもちだしてくるあたり、なかなかのインテリなのですが、イギリス人だからか全編が人を食ったようなユーモアで満たされています。しかしなかにはときどきですが、一縷の真実が含まれています。
「アートが認定される4つの段階は、同業者(アーティスト仲間)、真面目な批評家、コレクターとディーラー、そして大衆である」とは、テートの館長の言葉らしいですが、そのあとで現代ではキュレーターがそのトップにいるという洞察を著者は披露。
「アート界は、日常的なわかりやすさを恐れがちだ」とは、アートの解説文の難解さを言っていて、ヴェネツィア・ビエンナーレで見つけた作品の解説文をとりあげて「こんなもの誰が理解できるというのか!」と激昂しています。そして1960年代に美術批評ではじまった難解な文を「国際アート英語」と呼び、これらを読んで体験するのは形而上学的船酔いであり、こんなものは理解しなくていいと宣言します。このほか
「盛大にコケてしまうかもしれない何かを始める時、人びとはそれをアートプロジェクトと呼ぶ」
「1990年代、その写真がアートであると見分ける基準は、写っている人が誰も笑っていないことだ」
「優れた写真家のマーティン・パーに、アート写真の定義をきいたら、高さ2メートル以上、価格が5桁以上かな、と教えてくれた」
というふうに、冗談のような話の中に真実が隠れています。一方、
「アートにおいて、美しさや文化の刷新はすっかり古めかしいものになっている」
「アートの最も重要な役割はその資産価値がもたらすものでも、都市の再開発を促す事でもない。意義を生み出すことに他ならない」
「私の仕事は他の人が気付かない、その何かに気づくことなのだ」
と、かなり真面目な洞察もあります。

 芸術大学の総学長らしく、美大生へのメッセージはとても真摯なもので、若いアーティストに対して「どんな小さな機会でも掴むべきだ。その先に何が起きるかわからないから」と語り、「私の個展で、とある美術館の人間が作品のひとつを安く買い、そのあと館の地下で眠っていたそれをキュレーターが見つけ、展覧会に加え、そして私はより大きな展覧会の機会を得ることになり今に至っている」と自身の体験を語りながら背中を押す優しさがありました。

 アートにまつわる投資、テクノロジー、独創性、新しさ、自由、いいアートとは何かといった誰もが思う疑問に対する、この人なりの斜に構えた答え方が面白いのですが、翻訳がこなれていないのと、そもそも原文が論理的ではなくいろんなエピソードとその教訓を組み合わせた癖のある文章なので、若い人は読みにくいでしょう。それでも、断片的にですが、心にささる言葉が見つかるはずです。
 美大生がこれを読んで、実践できたら相当凄いアーティストになるだろうなとは思いました。

ミヤギ フトシ (翻訳)  1980円 四六判・並製 184頁 

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【目次】

序 おいくら?!

1.民主主義は趣味が悪い
クオリティとは何か、私たちはそれをどう判断するのか、誰の意見を取り入れるのか、そもそもそれはもう意味をなさないのか?

2.境界を叩いて
何がアートだとみなされるのか? すべてがアートになり得る時代に私たちは生きているが、すべてがふさわしいわけではない。

3.素敵な反抗、どうぞ入って!
アートはまだ私たちを驚かせることができるのか、私たちはもうすべて見てしまったのか?

4.気づいたら私はアート界にいた
どうすれば現代アートの作家になれるのか?

おわりに


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