見出し画像

取材で分かった外国人労働者の苦悩とは


元読売新聞記者による推薦記事、メディアエキスポ出展


            増加する外国人労働者                          ~日本語教育システムの実態に迫る~


 仕事を求めて日本に多くの外国人労働者が押し寄せている。彼らの4割は、技能実習生とアルバイトの留学生が占める。2018年12月14日、改正出入国管理・難民認定法が公布され、外国人労働者が今後さらに増える見込みだ。
だが、彼らとその子どもたちの日本語能力は乏しく、わが国の社会になじめずに悩みを抱えてしまうケースが少なくない。2012年4月、大阪市中央区で起きた外国籍女性による実子刺殺自殺未遂事件は母子の孤立が原因だった。
こんな現状なのに、日本語教師が不足しており、その6割がボランティアだ。日本語教育は受け入れ企業やボランティア任せで、政府の体制が整っているとはいえない。
 文化庁によると、日本語教育機関・施設は日本語学校やNPO、自治体による教室などを含めると、全国に2109か所。このような状況下で、外国人を支援する日本語教室の実態はどうなっているのか。その一端を探ってみた。

画像1

(『読売新聞』2018.12.9 朝刊)
2011年度から日本語学習者が増加しているものの、日本語教師はほぼ横ばい


働く外国人のための日本語教室 『ユトリート東大阪』

2018年12月19日、東大阪市立勤労市民センター『ユトリート東大阪』(大阪府東大阪市)の1階会議室で日本語の授業が開かれていた。近鉄奈良線八戸ノ里駅から南東へ徒歩10分ほどのところだ。
授業時間は午後7時から2時間。この日は9人の外国人が学んでいた。ベトナム人がほとんどで、タイやミャンマーからの実習生の姿も見受けられる。
この教室の責任者、岸田義和さんは授業開始30分前に到着し、準備を始めていた。授業中は各テーブルを回って、学習者の進捗状況を確認する。
在籍者数は年々、増加しているそうだ。その理由として「日本語学校に通うと、お金がかかるけれど、ここは無料。だから増えているのではないでしょうか」と岸田さんはみている。
 実際、外国人労働者は大金を持っていない。技能実習生といえども、お金を稼ぐために来日した人もいる。
厚生労働省は『開発途上国等の経済発展を担う「人づくり」に協力することを目的』と技能実習制度について説明している。しかし、国際貢献や教育を名目に安価な労働力として利用されているのも事実だ。
岸田さんは「良い給料と仕事を求めて来日している人がいます」と断言する。ある外国人労働者は「家族のためにお金を貯めたい。そして自分のお店を持ちたい」と来日した理由を語った。

画像2

立って説明しているのが責任者の岸田さん

 ベトナムから来日したホアンさん(26)は日本での生活について、「日本語が心配。聞き取りが難しい。でも日本は建物などがきれいなので好きです」とスマートフォンを片手に話してくれた。
 私との会話はその翻訳機能を利用して、コミュニケーションを取っていた。できるだけ簡単な単語を使って会話をしていたつもりだが、伝わらないことが多かった。とはいえ、紙に書くとすぐに理解してくれる。日本語を教えるボランティアの難しさを痛感した。
 彼は来日4か月目。ベトナムの大学を卒業して東大阪の金属メーカーに就職した。仕事場について、「同僚は日本人。日本語はうまく話せないけど、周りの人が手伝ってくれる」と満足そう。ホアンさんの場合、どうやら働く場では日本語が壁になっていないようだ。しかし、日本で生活するうえで、日本語の習得は必要である。
 彼らは仕事が終了してから、日本語の勉強をするので制約が多い。この教室が開かれるのは週に1回だけ。この限られた時間の中で日本になじむための勉強をしている。     
 さらにボランティアの確保も課題になっている。岸田さんは「個別指導を推進しているものの、ボランティアが不足しているので、実現が難しい」と頭を悩ます。ある年配女性のボランティアは「理解してもらうのが大変。楽しいというか苦しいです」と言い切った。

画像3

1人のボランティアが3人のベトナム人を教える様子


子どもたちを支援する 『Minamiこども教室』

 
 大阪ミナミの繁華街、道頓堀(大阪市中央区)から脇道にそれて、10分ほど歩くと、「子ども・子育てプラザ」がある。ここで毎週火曜日、『Minamiこども教室』が開かれている。同区在住の外国にルーツを持つ子どもたちが支援対象だ。学習者の登録人数は約50人。フィリピン系の子どもが多く、タイや中国系の子もいた。
授業時間は午後6時から午後7時45分。授業開始時刻になると、子どもたちが大広間に集まってきた。活動開始のあいさつが始まる。全員が横に並んで、ボランティアに向かって、「お願いします」と頭を下げた。
ボランティアの男性は「あいさつや決まり事はしっかりと行います。これも社会に適応するための準備です」と真剣なまなざしで話す。
思っていたより欠席者が目立った。教室を運営する鵜飼聖子さんは「今日はいつもより、かなり少ない日ですね」。取材日は12月25日、クリス
マス。


画像4


道頓堀のにぎわい(大阪市中央区)  


キリスト教文化圏の国では、この日は家族と過ごす大切な日だそうだ。ここから、多文化がこの街で共生していることがみてとれる。
2016年3月の大阪市住民基本台帳によると、中央区の外国人登録者数は7600人、世帯数6000件強。大阪市内で外国人居住者が特に多いのが中央区なのだ。同市立小学校は、全校児童の4割が外国にルーツを持つ。
その理由について、「この区には仕事がたくさんあり、外国人でも家を借りやすいからではないか」と鵜飼さんは指摘する。とはいっても、親の仕事が安定せず、経済的に困窮する子どもたちもいる。親の事情で学校の編入を繰り返し余儀なくされることも。さらに、彼らは夜間、1人で過ごさなければならないことがある。親が深夜まで働いているからだ。
「少しの時間でも寄り添ってあげることが彼らの心の支えになっているはずです」。「名目上は日本語を学ぶ教室としていますが、真の目的は子どもたちの自己肯定感を高めることなんです。助けてくれる大人がいることを知ってほしい」。彼女はそう強調した。
ここで浮かび上がった課題は彼らの低学力だ。日本語が理解できず、授業に追いつけない。さらに学年が上がるごとに難しくなり、ついていけなくなるという。学校で課された課題も1人でこなすことができない。彼らの親も日本語があまり理解できないので、教えてもらうこともできず、授業に置いていかれるのだ。
「子どもたちの家には日本語の活字がないし、日本語でコミュニケーションを取ることもありません。日本語の本を手に取らないので、それを読むように促しています」と運営者は現状を説明する。「彼らの大きな壁は高校入試。せめて高校は卒業してほしい」と胸の内を明けた。
この問題を受け、外国人母子支援ネットワーク事業が発足。これが教室立ち上げの背景だ。このことを重く見た南小学校の校長も協力してくれた。しかし、最初は資金がなく、苦しい運営を迫られたそうだ。その後、事業内容が注目され、行政に認められたことで支援金が集まった。それでも十分な机と椅子は確保できず、適切な環境とはいえない。


画像5


『Minamiこども教室』が開かれる
「子ども・子育てプラザ」(大阪市中央区)


日本語ボランティアに求められること

『Minami子ども教室』では、児童が通う小学校から課された宿題を持ってきて、ボランティアがそれを教えている。当然、それぞれレベルも内容も異なるので、個別指導が不可欠だ。取材した日はその対応ができていたものの、学習者が多い日は1対1の指導ができないという。ここでも指導者が不足している。
「ボランティアの登録は増えています。でも参加者は不足する状態が続くときもあります」。「長期で教えられる支援者を募集していますが、確保が難しい。求人サイトに情報を載せて、応募が来るのを待つしかありません」と鵜飼さんは肩を落とす。
子どもたちと通じ合えず、関係を紡げない人は辞めていくそうだ。さらに社会人は転勤、学生は就職などで長く続けられないことがネックになっている。改めて、現場のボランティアの確保の難しさを思い知らされた。
教えるうえで大切なポイントについて、教室のコーディネーターはこう話す。「子どもたちと根気よく関係が作れること。決して怒らずに、一方的に意見を押しつけるのではなく、子どもたちの意見を尊重してあげることが大切です」。
実際に『Minami子ども教室』で、私が中国にルーツのある児童に日本史を教えようとした。しかし、うまく寄り添えず、すぐにその子の集中力が切れる。長期にわたって子どもと向き合うことが大切だと確信した。
 午後7時45分、始まりのあいさつと同様に児童の終わりの言葉で締めくくられた。「ボランティアのみなさん、ありがとうございました」。子どもたちの可愛い笑顔が支援者の善意ある行動につながっていることを実感した。

画像6

『Minamiこども教室』の様子(関西国際交流団体協議会ホームページより)


外国人労働者は労働力ではなく、生活者

 鵜飼さんは「学校側でも彼らに対して、特別措置が認められつつある」と教えてくれた。政府の改善策が着実に進んでいるようだ。
上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科の稲葉奈々子教授(国際関係論専攻)は「日本語教育は民間ボランティア任せではなく、政府が保障する必要があります」と前置きしたうえで、こんな見方を示す。「仕事をする上で必要な日本語は、一定の経済的インセンティブ誘因を与えつつ教育する高等技能訓練促進費、公共職業訓練、求職者支援として保障することが望ましいです。しかし、これらの制度は日本語教育を対象としていないのが問題。実際、多くの移民受け入れ国では語学研修を職業教育の柱と位置づけています」。
稲葉教授によると、2019年の国会に日本語教育推進基本法案が日本語教育推進議連によって提出されるそうだ。とはいえ、体制が整うまで時間がかかる。
島根大学法文学部・人文社会科学研究科の宮本恭子教授(法経学科)は、何よりも外国人労働者を生活者として捉える必要があると指摘する。「日本と同様にドイツも労働力不足を背景にトルコ人を労働力として受け入れていました。しかし、失敗に終わり、移民政策に切り替えました。ドイツ人と分断しないよう、社会統合を目指す政策を打ち出したのです。日本もこうした過去の経験をドイツに学ぶべきです。外国人労働者を生活者と捉えるのであれば、職場以外でも共生できるような教育が取り入れられ、日本語教育も施策として強化されると思います」。
人手不足が深刻で外国人労働者に頼らざるを得ない状況は理解できる。とはいっても、労働力としてのみ、捉えることにいずれ国民は疑問を抱くだろう。なぜなら、そのツケが後になって何らかの形で返ってくると考えているからだ。彼らを日本社会の一員としてしっかりと位置づけるべきではないか。
社会保障費が膨れ上がり、十分な予算を外国人労働者の日本語教育に充てることは考えにくい。しかし、予算をそれにまわすことで、日本が目指す生産性向上にもつながるのではなかろうか。政府にはじっくりと検討してもらいたいところだ。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?