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お気に入りのサングラスが似合わない

私は子供の頃は結構な肥満児で、それが高校生の頃から痩せ始めて20代にはすっかり標準体型になった。立ち仕事から座る仕事に転職したとたん、結局肥満体型に戻ってしまったけど。その一瞬だけスタイルが標準だった若かりし頃、当然顔も今より小さくてよくサングラスや伊達メガネをかけていた。何度かの引越しでどこかへしまい込んでしまっていたが、少し前そのサングラスたちがひょっこり出てきた。お気に入りだったのを恐る恐るかけてみたら、なんともバランスが悪い、似合わない、残念、悲しい。太っちゃうと洋服が着られないばかりじゃなく、小物まで似合わなくなるのね…。そして、同僚にその悲しさを打ち明けたのだった。

が、その時の返しが
「かければいいじゃない、私よくかけるよ、サングラス好きだからいっぱい持ってるし。」
だった。あれ?と思った。違う、そうじゃない。私が彼女に伝えたかったのは”お気に入りだったサングラスがかけられなくなった”だし、”似合わないほど太っちゃってた”であって、”サングラスをかけてみたい”ではない。ちゃんと伝えたはずなのになあ。説明するのも億劫だしそこから広げるほどの話でもないから、そーなんだー、で終了したけど。でもその会話のズレ具合のヤモヤはしばらく残ってた。

彼女はもう退職しちゃったけど、在職中お客さんからの電話がとても長引く人だった(コールセンターのお仕事です)。後から聞くと内容はさほど込み入った話でもない。なぜかと思っていたけど、私はその一件で気がついた。彼女はお客さんが言いたいことをすぐに把握できない。さらにその先を聞き返すことが的外れなのでなかなか話のポイントが明確にならない。おまけに、私の場合はですねえ、なんて自分の経験談まで披露して当然相手の状況とは違うからさらに混乱する。

でも!!たまにそんな調子でやり取りしているうちに、苦情のお客さんが根負けしたりケムに巻かれたりして”もういいわ…”で火が消えて無事おさまるというファインプレーがあったりした。私のサングラスの会話のときも自分の話に持って行こうとしてたんだろうか。もし彼女があえて人の話を聞かないふりをして自分語りに持ち込んでいたんだとしたら、それはすごいスキルなのかもしれない。彼女はセールス業を長く続けていたらしいから、話術のひとつなんだろうか。知らんけど。

ところ変わって。近所のおば(あ)ちゃんたちの会話を聞いてると、なんかお互いにてんでんばらばらにくっちゃべってるときがある。会話のキャッチボールなんておかまいなし、次々に自分の言いたいことだけをポンポン吐き出して、あー楽しかった、またねー、って。そんな様子を見ていると、おば(あ)ちゃんたちは相手の言うことを理解することではなくて、同じ時間を共有することで信頼関係を保っているのではないかと思う。

もちろん衝突がないわけではないけど、それもまた深く考え込まずにやり過ごす。そりゃ悪かったねえ!で済んじゃったりして。お互いに深く踏み込まないから逆に長く付き合えるし、いやならスパッと切れるからストレスがたまらない。ある意味言葉に対してのその鈍感さがおば(あ)ちゃんたちなりの生きる術なのかもしれない。

いま、言葉の持つ力が良くも悪くも語られている。言葉にはすごいパワーがあるし使い方によっては人を生かしも殺しもする。発する側はそれを踏まえて言葉を選ぶ必要があるし、発すること自体を控えることも懸命。でも、攻撃的な言葉の向こうにはそこに攻撃性を吹き込む人の攻撃的な心情があるわけだから、そこから変えていくってのはなかなか簡単ではない。

そして受け手になった場合も、偏見やコンプレックスを持っていたり、自分がいじめにあっている、退屈な毎日のやり場の無さ、などなど荒んだ感情があるとしたら読解力なんぞ何処へやら、相手の言うことをねじ曲げて自分の思い通りに解釈することになるだろう。そうして言葉のバトルや一方的な攻撃が始まっていく。どこかに相手を尊重する姿勢がなけりゃ議論や討論なんてできっこない。

言葉を発信するのも受信するのもとっても難しいけれど、ここはひとつ苦情をケムに巻く元同僚や立ち話するおば(あ)ちゃん達のように、他人からの言葉についてある意味鈍感になることがこの時代を生き延びるために必要なんじゃないかなって思う。言葉とは実は心。でも、そこに受け手が勝手に必要以上に感情を読み取ってはいけないし、ましてや自分の感情まで乗っけてしまってはいけない。

ただし。
何かに傷ついてしまった人に対しては、私はじゅうぶん言葉に力を込めて応援していきたいと思う。言葉の力を使うときは、誰かを励ますときと誰かを救うとき。そんな世の中にしていかなきゃと思うよ。

サングラス発見からここまでうろうろしてしまった。またかけてみたけどやっぱり似合わない。痩せなきゃなあ…。




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